スタートアップエコシステムと知財
【「第3回 IP BASE AWARD」エコシステム部門奨励賞】cotobox株式会社 CEO 五味和泰氏インタビュー
サービス名登録はお早めに。3万社超が登録するオンライン商標登録サービスが開拓した新たな市場
第3回「IP BASE AWARD」【エコシステム部門】の奨励賞を受賞した五味 和泰氏は、弁理士として活動する傍ら、オンラインで簡単に商標登録ができるサービス「Cotobox」を開発し、cotobox株式会社を設立。2017年11月のサービス開始から約4年半で累積ユーザー数は3万人超、商標出願取り扱い件数は1万件を突破し、日本最大級のオンライン商標登録サービスに成長している。Cotoboxのサービスを始めた経緯と今後の展開、スタートアップの知財意識を高めるための専門家としての役割について伺った。
cotobox株式会社 CEO 五味 和泰(ごみ・かずやす)氏
1996年早稲田大学 理工学部機械工学科卒。2009年4月弁理士登録。2015年、南カリフォルニア大学(USC)のロースクール留学から帰国後、はつな知財事務所を設立。2016年2月にcotobox株式会社を創業。2017年11月、オンライン商標登録サービス「Cotobox」サービスを開始。2022年、特許庁の第3回「IP BASE AWARD」エコシステム部門奨励賞を受賞。2021年の商標代理件数日本1位(※注1)。日本暗号資産ビジネス協会準会員。
※注1 知財ラボ 2021年商標 事務所ランキングより(五味氏ははつな知財事務所の代表弁理士)
簡単でリーズナブルなオンライン商標登録サービス「Cotobox」
「Cotobox」は、簡単かつリーズナブルに、安心して商標登録できるオンライン商標登録サービス。AIを利用して自動化することで人件費を削減し、安価なサービス提供を実現している。
「Cotoboxは、スタートアップや中小企業以下の方にも手軽に商標登録をしてもらいたい、との思いからサービスをスタートしました。スタートアップは、専門家に相談することに躊躇してしまいますし、自力でやるにしても学習コストがかかります。(特許情報プラットフォームの)J-PlatPatのように簡単に商標の一覧がわかる検索画面と、〇×で結果が出るようなゲーム感覚のユーザー体験で、心理的ハードルを下げるように工夫しています」(五味氏)
弁理士・特許事務所と提携しており、Cotoboxに入力した内容は、弁理士がチェックしてから出願手続きが行なわれるので、特許事務所に依頼するのと同等のサポートも担保されている。
DXの推進やコロナの影響によるリモートワークの普及から需要が広がり、累積ユーザー数は3万人を突破、申込件数は800件/月にも上る。初めて商標出願するスタートアップだけでなく、数十件の商標をCotoboxで管理しているユーザーや、中堅企業以上の利用者も増えており、今後は、商標管理や活用機能、外国商標出願などのサービスを拡充していく予定だ。
商標は、商品・役務の指定などがややこしく、初めて商標出願する人には区分の判断が難しい。現在のところは提携弁理士とのチャット相談機能で対応しているが、初心者でも簡単に判断できるような仕組みをつくっていくことが今後の課題だ。
「特許事務所のように専門家と対面でじっくりと話をしたい、という寄り添い型のニーズは確かにあります。ですが一方で、システムで解決できる部分もあります。既存の商標登録のマーケットに接したことのない方にサービスを届けるのが我々のミッションと考え、100%のサービス提供よりも、まずはアクセスしてもらうことを優先しています」
テクノロジーの力で知財をより身近なものに
Cotoboxのサービスは、五味氏の2つの原体験から生まれたという。
「特許事務所に勤めていたとき、個人事業主や小さな企業からお問い合わせがくるのですが、料金を提示すると断られてしまうことが多かったんです。商工会議所などの無料相談には来てくれるので関心はあるけれど、料金面でギャップがあると感じていました。会社の規模に関わらず知財は重要なので、なんとか助けたいという発想がありました。
もうひとつは、米国留学でリーガルテックのコミュニティーに入ったこと。そこでは、今までリーガルサービスにアクセスできなかった人に対して、たくさんの若手弁護士がテクノロジーで手軽にサービスを届ける活動をされていたんです。これらの2つの体験と今後の可能性が結びついて、Cotoboxの原型を思いつきました」(五味氏)
五味氏が目指すのは、知財へのハードルをなくす、より身近なものにする取り組みだ。サービスを設計するにあたり、ユーザー体験を重視し、シンプルな操作画面で簡単に使えるようにしたという。ハードルを下げるため、アカウントを登録しなくても気軽に検索サービスを試せるのも特徴だ。区分を指定した商標検索、出願費用の確認まではフリーで利用でき、より詳細な情報を知りたくなったらアカウントを登録、出願サービスの申し込みで初めて支払いが発生、と段階的になっている。
「最初からアカウントを登録させて個人情報を取得したほうがいい、という意見もありましたが、知財の普及には良いユーザー体験をしてもらうことが大事。商標に関心を持っていただく、自分が想定している商標に登録の可能性があるかを少しでも感じてもらうところまでは完全にフリーで提供しています」
サービス利用者からは、「知財や商標は難しいと思っていたが意外と簡単だった」「上場準備で早く出願しないといけなかったので、スピーディーに出願できて助かった」といった声が届いているそうだ。手続きの早さは魅力で、社外の専門家と契約していたり、社内に知財部門がある企業であったとしてもCotoboxを併用するケースも増えているという。
じつは利用者の9割以上は初めて商標出願する人となっている。既存の特許事務所や弁理士とは異なる新たな市場が生まれているようだ。
「中小企業以下が約358万社のうち、1年間に商標出願するのは3万者と0.8%(注2)しかなく、まだまだニーズはあります。10年前は、『弁理士』という職業自体の認知度が低かったけれど、今はすぐに理解してもらえますし、確実に知的財産の認知度が上がっています。スタートアップコミュニティも増え、情報発信の場が整ってきました。利用者がいい体験をすると口コミで広がるので、いい体験をしてもらえるように地道に活動していきたいです」
※注2 特許庁 「商標拳~ビジネスを守る奥義~」動画及び特設サイトを公開します
短くて覚えやすいキーワードは埋まってきている
商標はどんなビジネスにも必須だ。今後、商標登録がより簡単にできるようになっていけば、サービスとしての価値もより高まってくる。
商標はビジネスが軌道に乗ってから登録すればいい、と後回しにしていると大きな痛い目を見る恐れもある。長い文字数にしなくてはならないケースや、既に登録されており、後で名称の変更しなければならないこともある。スタートアップ関連で最近はSaaS系サービスの出願件数が増えており、短くて覚えやすいキーワードが埋まってきているそうだ。後になるほど商標が取りにくくなるので早めに出願したほうがいいとのこと。
まずはすべてのスタートアップが商標をきちんと取れるようにサポートすること。五味氏の次の目標は、権利の活用を啓蒙していくことだ。
「商標は、他社を排除できるという大きな特徴をもっています。自社のサービス名と似ていて、お客様を混乱させてしまう可能性があるものについては、積極的に排除する行動ができるような雰囲気をつくっていきたいですね。スタートアップが商標ライセンス契約や係争を起こす例は少ないですが、知財の利活用を示していくことは権利の取得向上や知財意識の醸成にもつながります。どんな手段があり、どれだけの時間や費用がかかるのか、といった表に見えない部分をわかりやすくしていくのも専門家としての役割だと考えています」(五味氏)
Cotoboxには、同じ領域で出願されている類似する可能性のある商標を検出する機能や、競合他社の商標情報を検出して自動的に通知するサービスを提供している。これらをうまく活用すれば、市場や競合の動きを早めに察知して、早期に対処できることもある。今後は、具体的にどのような行動を起こせるのかをサービス化していきたいそうだ。
なお、第3回「IP BASE AWARD」の受賞は、スタートアップコミュニティーから声がかかるなど、認知度の向上につながったとのこと。受賞したことでチームとしても勇気づけられ、大きなモチベーションになっているという。
「リーガルテックは、規制団体、法律、お客様への価値提供の中間に立っており、一歩間違えると、怪しい、とレッテルを張られてしまう場合があります。Cotoboxは“人と知財を結ぶ”というミッションを掲げ、あらゆるビジネスの人と知財を結び付けることをやろうとしていますが、一方で『弁理士法を違反しているのでは?』と見られることも。経済産業省のグレーゾーン解消制度なども活用しながら、引き続きサービスの理解や普及に努めていきます」
商標トラブルはメディアでもよく話題になるにもかかわらず、意外と有名なスタートアップでも上場するまで商標を取っていないケースが多々見られる。商標権者から差し止め請求が届いたり、名称を変更しなくてはならなくなったりするのは大きなリスクだ。Cotoboxなどのサービスをうまく活用して、こうした無用なトラブルを回避してほしい。