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スタートアップエコシステムと知財

【「第3回 IP BASE AWARD」エコシステム部門奨励賞】NTTコミュニケーションズ株式会社 執行役員 イノベーションセンター長 稲葉秀司氏インタビュー
共創をいかに加速させるか。スタートアップの成長を妨げないNTT Comのある契約ポリシー

 第3回「IP BASE AWARD」【エコシステム部門】の奨励賞を受賞したNTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)は、同社の商材を活用して新しい価値を創出するオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」を2019年から実施、オープンイノベーションにおける知財の課題に早期から取り組み、スタートアップへの知財支援を積極的に進めている。執行役員 イノベーションセンター長の稲葉 秀司氏と技術戦略部門知財担当 担当課長の松岡 和氏にNTT Comとしてのスタートアップエコシステムに関する取り組みと、知財活動について伺った。

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NTTコミュニケーションズ株式会社 執行役員 イノベーションセンター長 稲葉 秀司(いなば・しゅうじ)氏

1989年日本電信電話株式会社に入社。1999年のNTT再編成に伴いNTTコミュニケーションズ株式会社に転籍。主に経営企画、インターネット関連事業、グループ会社経営を担う。2017年経営企画部長、2019年に取締役に就任。2020年4月よりイノベーションセンター長を兼務し、6月より専任。2021年執行役員制導入により6月から執行役員。そのほか、国際大学GLOCOM 主席客員研究員、経済産業省の「始動Next Innovator」審査員(2019年~)、組織学会 会員を務める。

事業組織がテーマオーナーとなり、事業化まで伴走支援する共創プログラム「ExTorch」

 NTT Comでは、社内新規事業創出の施策として、大きく3つのプログラムを実施している。1つ目は、社員からビジネスアイデアを募集するビジネスコンテスト「DigiCom(デジコン)」だ。過去7回開催され、毎回400~500名のメンバーが参加する一大イベントとなっている。2022年度は、新ドコモグループの組織再編に伴い、NTTドコモ、NTT Com、NTTコムウェアの3社合同によるコンテスト「ZERO ONE DRIVE(ゼロワンドライブ) 」を実施。総計427件のアイデアがエントリーされ、このうち20チームのプロジェクトが審査合格し継続検討を進行しており、近く社内デモデイが開催される。

 2つ目は、期間を設けずに通年で社内のビジネスアイデアからの事業化を伴走支援する「BI Challenge(ビーアイチャレンジ) 」。ステージごとに審査基準を設けており、上記コンテスト発のアイデアの事業化支援も本プログラムにて継続して行なっている。

 3つ目は、オープンイノベーションプログラム「ExTorch」だ。NTTのサービスやアセットをもとに、社外パートナーの新技術を掛け合わせて、新しいビジネスの創出を目指す施策として2019年から開始し、過去2回開催されている。

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画像提供:NTTコミュニケーションズ株式会社

 こうしたオープンイノベーションプログラムは多くの大手企業が実施しているが、こと実行においては課題も多い。特に、アイデアからいざ事業化へと進む段階になったときに社内で引き受ける事業部がない、という問題が起こりがちだ。これを避けるために、ExTorchではあらかじめ事業組織がテーマ―オーナーとなり、決裁権のある組織長が承認してから参画するのが特徴だ。

「弊社の都合で話が止まってしまうと、相手様にご迷惑をかけてしまう。ExTorchは、我々が提示したテーマに対してぜひ一緒にやりたい、と手を挙げてくれた複数社の中から選ばせていただいている。いわば相思相愛の相手に対して最後まできちんとやるのが大事なのです」と稲葉氏。

 事業化に向けたサポート体制として、事務局による事業化伴走支援に加え、法務・知財の支援、チームごとに一定の事業検証予算も提供される。

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イノベーションセンターは、プロデュース部門(Business)、テクノロジー部門(Technology)、デザイン部門(Creative)、技術戦略部門(Strategy)の4つの部門で構成。技術戦略部門に知財担当が設置されている
画像提供:NTTコミュニケーションズ株式会社

 「ExTorch」は2019年と2021年に開催されている。毎年の慣例イベントでないのも本気度の表れだ。

「プロジェクトの事業化には最低でも2、3年はかかり、1年では伴走チームの手が離れない。過去2回のプロジェクトでキューが溜まってきているので、2022年のイベントはお休みして、ローンチまできちんと伴走したいという思いがあります」(稲葉氏)

 2019年度のプログラムでは、4つのテーマから9チームが生まれ、3件のプロジェクトが共創を継続。そのうちの1つ、韓国のスタートアップ・3iとの共創で開発された建物内を即座に3D View化する映像サービス「Beamo」は、2021年7月にNTTビズリンクからサービス化されている。

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 事業化を成功させるため、重視しているのがユーザーへのヒアリングだ。「我々NTTコミュニケーションズグループの商材とパートナー企業の技術を掛け合わせるので、お互いにA+Bを考えがち。それが顧客に響かないと意味がないので、外に出て本当にニーズがあるのかを確認する活動を重視しています」と稲葉氏。

 2022年度はExTorchの自前イベントは開催されないが、進行中のプロジェクトの伴走支援、国内外スタートアップを中心としたパートナーとの人脈構築や情報収集、社内の組織へのパートナーのマッチングや伴走支援、他社イベントへの参加等に注力するという。

スタートアップの要望に合わせた柔軟な知財支援

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公正取引委員会による「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書(要約版)」より
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/nov/201127pressrelease_4.pdf

 大企業とスタートアップの共創では、成果物のすべてを大企業側の権利とするといった契約関係も過去には問題になっており、オープンイノベーション推進の妨げのひとつとなっている。

 NTT Comではスタートアップとの共創支援として、3つの知財ポリシーを定めている。まず1つ目は、スタートアップ側の要望に沿って権利帰属を柔軟に決めていくこと。2つ目は、NTT Comとの共創以外でスタートアップの他社との協業を妨げないこと。3つ目は、スタートアップの開発成果の発明発掘、出願の支援、動向調査などの支援だ。

 このような支援に力を入れる理由は、NTT Comイノベーションセンターで技術戦略部門に所属する松岡和氏が過去のオープンイノベーション活動で感じていた危機感によるものからだ。

「大企業がすべての権利を自社に吸い上げる方針ですと、パートナーとなる中堅企業やスタートアップは離れていってしまいます。実際に『権利を吸い上げられると共創しづらい』という声も聞いたこともありますし、こうした評判は知財業界にも広がりやすく、悪い噂は企業にとってリスクとなります。逆に、スタートアップに寄り添った権利帰属を考えることで我々の評判も上がりますし、結果的にイノベーションの促進につながります」と松岡氏。

 知財支援を企画した当初は、多くのスタートアップが自社単独の権利確保を希望されると予想していたが、実際にふたを開けてみると、結果は異なっていた。

 スタートアップが権利を得るには、自分たちで出願しなくてはならず、金額面のコスト、手間がかかる。特許権は共有でもいいので、出願にかかる費用と手続きを事業会社に任せたい、というスタートアップは少なくない。そこで、それぞれのスタートアップの要望や貢献度に合わせて、出願費用の負担や、特許権を共有する場合の持ち分の割合を決めるなど、柔軟に対応するのもNTT Comの知財支援の特徴だ。

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 また、そもそもスタートアップ側の知財への関心が低いパターンもある。その場合、相手に知財意識を持ってもらうことから支援が始まる。

「とあるスタートアップのCEOと最初にお話したとき、『特許は単なるコストであり、事業上のメリットは感じない』と断言されていたんです。そこで、競合企業の特許出願状況を調べて知財の重要性を説明していくうちに、だんだんと知財への考えが変わり、今では権利取得に非常に積極的になっています」(松岡氏)

 知財をしっかりと固めている企業に成長すれば、共創パートナーとしても心強い。ExTorchなどのオープンイノベーションに限らず、各事業組織が発掘してきたスタートアップに対しても同様の知財支援や意識啓発を行なっており、松岡氏が共創に関わるようになってから特許の出願案件が大幅に増えているという。

 事業提案書に特許の出願件数を入れたところ、競争優位の高さが評価されてパートナーからの受注が実現できた例もあり、着実に成果につながっているようだ。

スタートアップの知財に対する意識は、2極化が進んでいる

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 現在となっては肯定的な意見が増えているが、松岡氏が知財支援を提案した当初は、社内から反対の声が多かった。

「当時は、中小やスタートアップとの協業では、すべての権利をもらうのが業界では一般的。その中で私が真逆のことを提案したわけですから、やはり最初の反応は社内でも否定的でした。当時は特許庁の『オープン・イノベーションのベストプラクティス』(https://ipbase.go.jp/public/ip_open_Innovation.pdf)を参照しながら、必ずしも自社単独保有にこだわらなくても、スタートアップから実施権を付与してもらう方法もあることを説明し、最後には納得していただけました」(松岡氏)

 2019年の8月から現在の知財支援がスタート。2020年の後半には、大企業による知財搾取の問題が大きく取り上げられるようになったことで、より理解が広がっていったそうだ。

 イノベーションセンターでは、知財支援のほかに、出資・M&A・提携判断のために知財情報を有効活用するIPランドスケープにも取り組んでいる。

「もともと知財支援とIPランドスケープは別の取り組みとして始めました。ExTorchなどに参加するスタートアップは、成果を出せばいずれは出資の対象になります。IPランドスケープを使ってスタートアップを評価することで確実な出資に導くことができますし、スタートアップに対してもどんどん出願すべきだ、と提案しやすくなります」と松岡氏。

 現在、スタートアップの知財に対する意識は、2極化が進んでいるという。

「スタートアップには権利化まで時間と費用がかかり、短期的に成果の出ない特許に注力する余裕がない、という構造的な問題があります。しかし、出資を受ける場面では必ず知財評価を受けるので、将来的にIPOを目指すのであれば特許は絶対に必要です」(松岡氏)

 パートナーの将来的な成長のため、まずは特許の重要性に気付くことが大事。そのためには社内での教育も重要であり、NTT Comでは特許を身近に感じてもらうため、新入社員向けのアイデアソンでも特許出願を組み込んでいる。

 密接に関連しあっている知財とオープンイノベーション。今後、国内スタートアップエコシステムの活性化のためには、どのようなアイデアが求められるのか。

 「特許は権利取得だけでなく、出願までのプロセスが大事です。成功しているスタートアップに共通するのは、自社の事業の強みを明確に把握していること。開発段階から、どの技術がコアになるのかを把握し、どのように活用して事業上の優位性を確立するかを考えたうえで、それを守るために特許を出願する、というのが彼らの発想です。日頃から知財に取り組んでいるスタートアップに強みを聞くと、即座に答えが返ってきます。こうした特許出願の効果もスタートアップの皆さんに知ってもらえるように貢献していきたいです」と松岡氏。

 稲葉氏は、「日本の大企業がスタートアップと対等に付き合う風土に変えていきたい。経産省の出向起業制度のように、大企業の中の優秀な人材が外に出られるきっかけが増えて、大企業の中からスピンアウトするスタートアップがどんどん生まれていくといいですね」と語ってくれた。

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元