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スタートアップエコシステムと知財

スタートアップが大企業・中堅企業と協業するときの注意点~モデル契約書(新素材編)改訂ポイントについてディスカッション~(IP BASE勉強会)
研究開発スタートアップなら必読の「モデル契約書」、真に効果的な使い方を関係者が解説

 研究開発型スタートアップと事業会社の連携促進のため、契約・交渉で留意すべきポイントを「モデル契約書」として政府は取りまとめている。今回、2021年度モデル契約書の改訂WGのメンバー4名が集まり、その改定で議論されたポイントをエピソードを交えながら解説。IP BASE登録者限定の知財勉強会「スタートアップが大企業・中堅企業と協業するときの注意点~モデル契約書(新素材編)改訂ポイントについてディスカッション~」より、その内容を本稿でお届けする。

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https://www.jpo.go.jp/support/general/open-innovation-portal/index.html

「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver2.0(新素材編・AI編)」が2022年3月に公開された

特許庁と経済産業省が進めるモデル契約書

 特許庁と経済産業省は、研究開発型スタートアップと事業会社の連携を促進するため、共同研究契約やライセンス契約などを交渉する際に留意すべきポイントについて解説した「モデル契約書ver1.0」を2020年6月に作成、特許庁のオープンイノベーションポータルサイトにて「新素材編」と「AI編」を公開している。

 今回、ユーザーからの要望等を踏まえて、モデル契約書の改訂が行なわれ、3月18日に「モデル契約書ver2.0」が公開された。

 本公開に先んじて、勉強会では、改訂ワーキンググループのメンバーである日比谷パーク法律事務所 パートナー弁護士・弁理士の井上 拓氏、ヴァスコ・ダ・ガマ法律会計事務所 パートナー弁護士・弁理士の大久保 晋吾氏、株式会社ファストトラックイニシアティブ アソシエイトの深津 幸紀氏、インハウスハブ東京法律事務所 代表パートナーの足立 昌聰氏が登壇し、「モデル契約書ver2.0」の改訂のポイントと、契約時の注意点をパネルディスカッション形式で紹介した。

モデル契約書ver2.0の全貌がわかる解説パンフレット公開

 はじめに、井上氏がモデル契約書の内容を説明した。モデル契約書の正式名は「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」で、新素材編とAI編がこれまでに公開されている。

 新素材編のモデル契約書は、スタートアップXと事業会社部品メーカーYの協業をモデルケースとし、X社の開発した新素材αとY社の樹脂素材を組み合わせてヘッドライトカバーを共同開発するストーリーを想定。時系列に沿って、1)秘密保持契約(NDA)、2)PoC契約、3)共同研究開発契約、4)ライセンス契約のモデル契約書が作られており、それぞれの契約についてタームシートと、逐条解説あり/なしの契約書の3つのファイルで構成される。

 ただしこれらはボリュームが多く、内容も専門的なため、スタートアップの経営者が全文を読んで理解するのは難しい。そこでver2.0への改訂に併せて「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書 ver2.0 解説パンフレット」を素材編・AI編ともに3月18日に公開された。

 今回の新素材編の改訂では大きな変更はなく、誤解を招きやすい記載の修正や理解を促進するためのコラムの追記がなされている。4つの契約について、それぞれの改訂ポイントと注意点が解説された。

1.秘密保持契約(NDA)の改訂のポイント

 秘密保持契約(NDA)での改訂ポイントは、以下の3点。

1)この時点では素材を開示しないことの明記

2)開示した情報が秘密情報となるタイミングをNDA締結後に変更

3)コンタミ回避手段として公証制度があることの追記

 NDAにまつわるトラブルとして、大久保氏は「NDAの実効性を過大評価すべきではなく、NDAを締結したとしてもコアな技術情報を開示するのは危険。他方で、NDAの軽視も危険であり、特にNDAの中に、第三者への無断開示の禁止と目的外使用の禁止以外の条項が入っていたら要注意。例えば、権利の帰属、競業避止義務、差止条項が含まれている可能性があり、新製品の発売中止や、他社との協業、資金調達が困難になることもあるので、NDAを軽く扱わず、契約内容はしっかり確認してほしい」とアドバイスした。

2.技術検証PoC契約の改訂ポイント

 技術検証PoC契約の改訂については、以下の3点だ。

1)この時点では素材を開示しないことを明記

2)PoC契約の守秘義務条項がNDAを上書きした後も、NDAの秘密情報を引き続き秘密とすることの明記

3)不争条項の削除

 これに対して深津氏は、「以前の大企業とスタートアップとの関係性では、業務委託契約だけで共同研究開発へと進めないことが多かったので、PoC契約を締結するだけでも、共同研究開発へより移行しやくなったといえ、スタートアップには意義があります」とコメント。

3.共同研究開発契約の改訂ポイント

 今回の改訂では共同研究開発契約が議論の中心となったが、素材の取り扱いに特化した条項(素材移転契約に相当する条項)が追記されている。

 共同研究開発契約の交渉で議論になりやすい知財の帰属と対象知財の特定について、大久保氏と足立氏がコメントした。

 大久保氏は、「スタートアップが大学と共同研究を行う場合、権利帰属の推定規定の是非も含め、お互いの利害を理解したうえで、柔軟に契約条項を調整することが重要。例えば、スタートアップと大学、両方の利害を一歩深掘りして考えてみると、次のような議論が想定できる。

 まず、スタートアップは主に2つの点を考慮しており、資金調達やIPOを念頭において、コアとなる技術については権利を確保しておきたい、そして商業化の段階では、他社へのライセンスも含めて、ある程度自由にコントロールできないと事業が円滑に進まない、という考え方である。他方で、大学としては、共同研究の成果を、大学や社会に還元する必要がある。

 この場合、権利関係について、一見するとフェアだと思われる『共有』という構成に固執せず、知的財産権はスタートアップに単独で帰属させたうえで、収益を『分配』するという方法を採用することでも、双方の利害を成り立たせられる。

 同様に、大企業との共同研究開発では、モデル契約書に従ったスタートアップへの単独帰属に過度にこだわる必要はなく、例えば、『共有』という構成を採用したうえで、(1)スタートアップに固有の技術(モデル契約書の例であれば、新素材αの製造方法・性能や、新素材αに適用可能な技術等)については単独帰属とする、(2)製品に関する技術(モデル契約書の例では、ヘッドライトカバーを含む自動車部品に固有の技術等)については、大企業に権利帰属する、といった設計に加えて、権利推定規定の有無も組み合わせることで、柔軟な調整方法が幾つも考えられる」と、モデル契約書の条項をそのまま当てはめるのではなく、柔軟な議論が重要であると強調した。

 足立氏は、「法律家の観点では条項に目が行きがちですが、成果物が何で、それに含まれる知的財産が何かという狙いから外れると、せっかくの契約も意味がないものになってしまう。今回のモデルケースのように明確な発明であれば特定しやすいが、工法やパラメーターのノウハウなどは特定が難しく、それらの帰属を先送りするとトラブルになりやすい。研究開発する現場の者同士が向き合い、開発プロセスから特定して、きちんと役割を切り分けておくことが大事です」とアドバイスした。

 さらに井上氏からは、「知財の帰属の観点からも役割分担とスケジュールを明確にしておくことはとても大切。どの作業をどちらがやるかを決めておくと、成果物がどこから出たのかプロットできます。開発段階が進めば見直しするなど、役割分担を更新することもあっていいと思います」と補足がなされた。

4.ライセンス契約の改訂ポイント

 ライセンス契約についてほとんど改訂はないが、形式面の修正と特許法の改正によって、「特許法127条の訂正審判等に関する事前承諾の対象者から通常実施権者が除外されたこと」などが解説に追記されたという。

 ライセンス契約での注意点としては、深津氏から「対価はこの金額で正しいのでしょうか? とよく質問されます。ITスタートアップは、仮に当面の目標がIPOだとすると、マザーズ上場に必要な条件を事業計画通りに達成できるかどうか、例えば、約10億円の売上を達成できるかなどを考えて交渉するといい。バイオベンチャーの場合は、業界水準(ex、創薬ベンチャーであれば、疾患領域ごと、臨床試験のフェーズごとに、金額感の相場感があります)を参考に決めればいいでしょう。大学側と交渉する場合、提示される額はケースバイケースなので、その都度交渉が必要です」とコメント。

 大学との交渉については、公開されたモデル契約書の大学編で、大学への対価の支払いとして新株予約権を使う方法についても紹介されているので参考になるという。

 足立氏は、「ライセンス契約に限らず、他社と協業をする際は必ず出口を考えなくてはいけません。関係がうまくいっている間はいいけれど、敵対してしまうと議論にならないので、事前に決めておくことが大事です。

 スタートアップ側が大企業からライセンスインしている場合、当該大企業の競合他社との関係が強くなったときに、その知財のライセンスが継続していて、かつCoC条項※などがあった場合には、増資や上場のデューデリジェンスで問題になります。

※チェンジオブコントロール(Change of Control:COC)条項のこと。M&Aなどを理由として契約の一方当事者(ここではスタートアップ側)に支配権(Control)の変更(Change)が生じた場合、他方の当事者(ここではスタートアップに技術をライセンスしている大企業)によって契約の解除などができる規定。

 逆にスタートアップから大企業にライセンスアウトしている場合、独占ライセンスを許諾して、もし当該企業が実施をしなかった場合、ランニングロイヤリティは入らないのに独占権があるがゆえに、他者にライセンスできなくなってしまう。その場合には最初にライセンスアウトする企業との関係が切れるような仕掛けをあらかじめ組み込むか、非独占にしておくことが重要です」とアドバイスした。

そのままの使用は要注意、事例に合わせた柔軟なカスタマイズが利用前提

 後半では、視聴者からの質問に登壇者が答えるQ&Aを実施。

Q:大学に新株予約券(ストックオプション)を発行した際、その大学病院で臨床研究や治験がしにくくなる場合はあるでしょうか?

足立氏:ストックオプションの発行で臨床試験や治験がやりにくくなることはありませんが、企業と病院、研究従事者の利害関係が付加されるので、中立性や影響についての説明責任が加重されることに注意してください。

Q:大企業とスタートアップにおける契約条件の最新のトレンドは?

深津氏:大企業から投資を受けながら共同研究をする場合、スタートアップ側は二重に縛られることになります。提携をしたがる大企業に対しては、その本気度を見極めるため、まずは共同研究か投資か、どちらかに分けての協業をお勧めします。ほかにも、大企業が出資をした場合、その競合である別の大企業も出資できる余地を残す契約条件(ex、非独占)を設定することも重要になるでしょう。

足立氏:ここ1、2年はサンドボックス型のオープンイノベーションで、お互いに拠出する知財も得られた成果も基本的にオープンにするタイプの契約が増えてきています。具体的なアプローチがわかっていないタイプの共同研究で有効ですが、一方でどこまでの知財をテーブルに載せるのかなどの注意が必要なケースでもあります。

Q:モデル契約書を使うときの注意点はありますか?

井上氏:そのまま使うことは想定していません。事例に合わせて柔軟にカスタマイズすることが前提であることに注意してください。

深津氏:契約書でカバーできない揉めごとは必ず起きます。代表取締役の意見で決めるか、(Joint Steering Committeeと呼ばれる共同運営委員会のように)何人かの委員会で意思決定する、などを予め契約書で合意すべきです。プロセスに正当性を求めるのが法律家の考え方なので、そのマインドセットを持っていただければ。

足立氏:「これはモデル契約書の通りです」と提示されても、実はこっそり条項が修正や追加されているケースがけっこうあるので、必ずWordの比較機能などを活用して変更がなされていないか確認するようにしましょう。

大久保氏:モデル契約書の逐条解説やコラムまで読んでいただけると、スタートアップと大企業、いずれの立場についても検討しよう、という我々の考えも正しく伝わると思います。プロの方でも何か一つは役に立つ情報があるので、勉強資料としてもぜひご活用いただけるとうれしいです。

Q:大学TLOとのランセンス契約の対価として現金しか認められない場合/SO払いで気を付けることは?

深津氏:大学TLO側にSOに関するノウハウが蓄積されていない場合もあります。その時は我々VCが相場感を示しつつ落としどころを探ることが通常です。なお、大学側がSOを要求している場合は、それだけTLOがスタートアップを評価している可能性が高いです。他方、現金しか認められず、その対価が払えないときは、AMEDや政府の補助金などでカバーするパターンもあります。

 質疑応答も含めて、約60分に及ぶ本勉強会セミナーは終了となった。最後に、各登壇者からのメッセージをお届けする。

大久保氏:モデル契約書は、ひな型、逐条解説、コラムまでが1セットです。今回の改定でモデル契約書の条項としては反映されなかったことも、その過程で議論した問題意識は、解説やコラムにその跡を残していますので、ぜひ一度は読み物として通読していただきたい、というのが作成者としての願いです。モデル契約書のひな形以上に、その背景にある内容が知財交渉に関わる人に広く共有されることで、結果としてオープンイノベーションの促進につながると考えています。

深津氏:契約書は弁護士の先生が最終的に見ますが、当事者の方も必ず読む必要があります。最初はわからなくてもだんだんわかるようになるので、ぜひ読んでいただきたいです。

足立氏:モデル契約書の使い方として、相手に契約書を提示するとき「モデル契約書に書いてあったから」という説明では響きません。なぜそうなっているのかは、自社の事業における条項の意味や位置づけをストーリーに置き換えて説明することが肝要です。

井上氏:モデル契約書には、我々だけでなく、たくさんの専門家の知見が詰まっています。我々弁護士などのバックオフィス側に来るときは契約の終盤になっているので、フロントで最初から議論される立場の皆さんにこそ見ていただきたいです。

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https://ipbase.go.jp/members/wglist/
本勉強会の内容は、IP BASEメンバー限定コンテンツ内のアーカイブ動画として公開されている

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP
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