特別企画
スタートアップエコシステムと知財

株式会社リバネス 代表取締役CEO/リアルテックファンド 共同代表(技術統括)丸 幸弘氏インタビュー
特許におぼれるな 大学発スタートアップこそ「知識戦略」を持て

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

スタートアップの特許出願数は順調に増えている。しかし、世界の知財戦略はより高度化し、ただ単に知財を持っているだけでは通用しなくなってきている。スタートアップエコシステムにおける知財のあり方とは? 数多くのディープテックベンチャーの事業化を支援してきたリバネスCEOの丸 幸弘氏に伺った。

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株式会社リバネス 代表取締役CEO/リアルテックファンド 共同代表(技術統括) 丸 幸弘(まる・ゆきひろ)氏

2006年東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了。博士(農学)。在学中の2001年にリバネスを創業。ユーグレナ、ーンクエスト、チャレナジーなど多数のベンチャー企業の立ち上げに携わり、エコシステムビルダー、スタートアップビルダーとも呼ばれている。

大学に眠る技術を活用して、世の中の課題を解決する
ディープテック・エコシステムを構築

学生時代から特許に興味をもち、特許庁でのアルバイト経験もあるという丸氏。研究のかたわらで特許や知財について知見を深めていくうちに、日本の大学には数多くの特許があるのに、それが活かされていないことに気付く。こうした大学に眠っている優れた発明や人材を世の中に出していきたい、と考えたのがリバネス設立のきっかけだ。

「そもそも特許=発明や発見は、世の中の課題を解決するためにあり、決してお金を生むものではない。その本質に気付き、じゃあ、それを活かして世の中の課題を解決するディープテックをやろう、という思いに至りました」(丸氏)

社名のリバネスは、『Leave a Nest(巣立つ)』という意味だ。リバネスがプラットフォームとなり、大学に眠っている技術や才能を巣立たせて、世の中の課題を解決していく、という思いが込められている。

「最近のアカデミア界隈は、『産業のための大学』、『産業のための特許』になってしまっている。もともと特許は、発明や発見を世の中に広く使ってもらい、世の中を良くするためのもの。それが、いつの間にかプロテクト型になり、VCからの資金調達の手段として使われたり、パテントトロールのようなものが出てきた。リバネスの目指すエコシステムは、知財を守り、広く活用し、世界を変えていくこと。スタートアップ、ベンチャー企業が特許を取る場合、経営がベースになっていなくてはならない。業績づくりのためではなく、持続可能な形で、社会に対してインパクトを与えるために特許が必要なのです」

丸氏は同時に2014年に、リアルテックファンドを設立、「テックプランター」という世界初のモノづくり、ディープテックに特化したアクセラレーションプログラムを設置し、ディープテック領域では世界一のプラットフォームとなっているという。

“特許ゼロ”から始まったユーグレナ

最近は、知財自体の重要性の認知が広がり、スタートアップの特許出願も増えてきた。しかし丸氏は、「特許の本質を理解できないうちは、手を出すべきではない」という考えだ。

丸氏が重視するのは、“知財戦略”ではなく“知識戦略”。知識戦略とは、権利化されていない知識のことだという。

「知識戦略の中に知財戦略があり、その中に特許などの権利が存在している。この考え方なしにスタートアップが特許を出すと、知的財産マネジメントは失敗します」(丸氏)

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では、「知識戦略」とは具体的にどのようなものなのか。その成功事例のひとつが、丸氏がリバネス設立から3年後に立ち上げたユーグレナだ。今でこそ東証一部上場企業に成長しているが、立ち上げ当初は特許がひとつもなかったという。大学発の研究として特許をライセンスすることもなく、純粋に「栄養失調のバングラデシュの子供たちに栄養を届けたい」という創業者である出雲充氏らの思いだけでスタートしたものだった。

「藻類は栄養が満点だし、光と水があれば育つからバングラデシュでも栽培できるはず。その中でも特に栄養層が高いのは、NASAでも研究されているミドリムシ“ユーグレナ”。研究者仲間との飲み会で盛り上がり、じゃあやろう、となった。今考えれば無謀ですが、これが典型的なベンチャーの成り立ちです」

そして丸氏らは、大学で40年間ミドリムシを研究している先生から、ミドリムシに関するすべての論文を見せてもらったそうだ。次に、石垣島でクロレラの大量生産に成功している会社から、使われていないプールの1つを貸してもらい、加えて、クロレラの製造プロセスの知識を教えてもらった。

「ユーグレナの論文とクロレラ製造という2つの知識を組み合わせたら、半年後には、世界初の食品グレードのユーグレナの大量生産に成功したのです。『たったの半年ですごい!』と評されますが、本当は40年と半年。知識の戦略の中に、知財の戦略、そして特許がある。ユーグレナは、そのど真ん中で成功したのです」

集めた知識から、ユーグレナの中にあるパラミロンという物質が通風に効くことを発見し、その製造方法が特許になった。クロレラ由来の製造方法も、ほとんどはブラックボックスにしているが、一部プロテクトのための特許も取得している。まず知識戦略があり、自社が新たに発見したものを特許にして、戦略的に守っているという。

丸氏は、サポートするスタートアップに対しても、「大学で出すとライセンスなどの問題が発生するうえ、既存の大学の特許がそのまま産業に使えることはめったにない。大学からは特許ではなく、知識をもらいなさい。知識をもらって組み合わせた暁に、必要な特許を自社で出しなさい」とアドバイスしているという。

特許におぼれるとスタートアップは失敗する

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丸氏は、「特許は切って捨てるもの」と断言する。とくにディープテックでは、研究室の発明がそのまま産業として使えることは稀だからだ。

「研究室というスモールスケールでは動いたとしても、スケールアップすると動かなくなることがあります。ラージスケールになると、流体もエネルギー効率も変わり、研究室のスケールでは計算できなかったことが起こりうる。そこでさらに研究を進め、新しい特許を出す。スタートアップは特許に溺れると必ず失敗する。知識戦略、知財戦略の中で、次々と新しい特許へと切り替えながら、動き続けるエネルギーに変えていくことが大事です」(丸氏)

ディープテック分野では、世の中に出るまでに10年かかるが、特許の有効期限は出願してから20年。最初に出した特許は、世に出て10年で無効になってしまう。であれば、世に出るまでの10年はブラックボックスにして、知識として蓄えておき、世の中に出るタイミングから特許として権利を守るのが得策だ。

では、どのように戦略を立てていくのか。ひとつは、パテントマップで他者の動きを探る方法だ。例えば、リバネス子会社が運営する「日本の研究.com」を見ると、日本の研究者がどのような研究をし、誰とつながっているかを可視化できる。こうしたツールを活用すれば、特許を出さなくても、他者の動きは予測できる。逆に特許を出すと、動きが予測されてしまう危険性を伴う。

「もちろん、予測しているのは自分たちだけではありません。だからこそ、知識戦略、知財戦略が重要。単純に資金調達のために特許を取っても、戦略がなければ負けてしまう。逆手を取って実際の事業には使わない大学の特許で資金調達をし、競合を欺くことも戦略としてはありうるのです」

世界展開には、特許戦略を立てられるチームの育成がカギ

ディープテックと呼ばれる科学技術分野は、日本だけの課題を解決するわけではない。

例えば、台風発電の技術をもつスタートアップのチャレナジーは、フィリピンで合弁会社を作っている。フィリピンの島々は、エネルギーをディーゼル発電に頼っており、荒天で燃料輸送が止まるとインフラが止まってしまう。そこで、各島に独立した電源、かつ台風でも折れない強靭な風力発電の需要があった。テクノロジーは日本で生まれたが、産業としては海外に大きな需要があるケースだ。

リアルテックにはこうした事例が往々にしてあり、海外展開を前提とした事業計画を立てなくてはならない。単純にPCT国際出願をしておけば済むわけではなく、日本から世界に出ていくための特許戦略を立てられるチームを作っておくことが重要だ。

「日本企業の知財部門は、経営部門ではなく、研究所に紐づいていることが多いが、それではグローバルでは負けてしまう。本来、経営戦略の根幹に、知識戦略や知財戦略がある。その下にビジネスデベロップメント、そして研究開発があるべき。グローバルを狙うベンチャーやスタートアップには、知財を考えられる人を経営の真ん中に置くように勧めています」(丸氏)

しかし一方で、国外の市場に通じている弁理士は限られている。社内にCIPOを設置できればいいが、スタートアップが人材を確保するのは困難だ。知財部門のある大企業ですら、グローバル経営につながっている知財部員は少なく、そもそも人材が不足している。エコシステムをうまく回していくには、グローバルで通用する知財人材を育てていくことが課題といえる。

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丸氏が共同代表を務めるリアルテックファンドと内田・鮫島法律事務所では、知財ハンズオン支援Patent Boosterを立ち上げ、知財教育への取り組みを始めている。現在、ベンチャー40社にメンタリングや講座などの教育を実施しているほか、大学などで知識戦略と知財戦略の講義を行なっている。

「日本人は、学校教育の中で知的財産について一度も学んできていない。知財戦略の前に、知財教育をするべき」と丸氏は指摘する。特許自体の数が増えたとしても、真の価値が生まれるとは限らない。特許を世の中に役立たせるには、特許の申請を促すだけでなく、知財戦略を考えられるリーダーを育てる必要がある。

優秀な大学の先生が、大学の知財を基にベンチャーを立ち上げて、経営に失敗するケースはよくある話だ。

「これはVCやビジネスサイドが大学そのものを理解していないことが問題。本来大学は人類の英知を増やし、人を育てる場所。その研究の成果のうち、ごくわずかな部分が世の中に出ている。しかし、それを価値に変えるのは、本来の大学の役割ではありません。大学の研究は、ビジネスのためではないのに、間違って世間に伝わっているのは、やはり教育の問題が大きい。知財を含め、もう一度学び直す仕組みを制度化するとうまくいくかもしれません」

理想は、国の学び直し制度の中に知財戦略を入れて、社会人全員が知財戦略を考えられるようになること。企業の中に知財戦略がわかる人材が増え、支援する側のVCも、支援先のスタートアップも知財の本質を理解すれば、ビジネスはもっとうまく回るのではないだろうか。

特許は、地域から世界へ行くためのパスポート

丸氏がいま注目しているのは、東南アジアのベンチャーだ。リバネスは、東南アジアのスタートアップを日本へ持ってくるインバウンドグローバライゼーションを手掛けている。

「東南アジアのスタートアップの多くは、自国でしか特許を出せていません。その理由は、国際出願の費用が高いから。アジア諸国のスタートアップが日本で特許を出せるようになれば、アジア全体でのリアルテック市場は大きく成長する可能性があります」(丸氏)

同時に、地方の企業を世界に持っていく取り組みも始めている。目標は、47都道府県にメガベンチャーを作ることだ。

「地方の大学に眠っている知財には、世界で戦えるものがまだまだあります。しかし、地方は国際出願の経験豊富な弁理士が少なく、海外に通用する知財戦略がうまく立てられずにいる。全国規模で知財教育を張り巡らせていければ、日本の産業は大きく変わるかもしれません」

地方から世界へ、世界から日本へ。特許とは、その技術が求められる場所へ広く届けるための、いわばパスポートだ。「知財の本質を理解し、世の中に役立たせられる人材を増やしていくため、政府機関とも協力しながら、知財教育に力を入れていきたい」と丸氏は語ってくれた。

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