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スタートアップの知財を支援する専門家向け手引き書

1.スタートアップを知ろう

1-1.スタートアップの定義

 

スタートアップとは何なのでしょうか? 中小企業とは違うのでしょうか?
 スタートアップについての決まった定義はありませんが、例えば創業から5年以内の創立間もない企業であり、数年以内の圧倒的成長を前提にベンチャーキャピタルや個人投資家(エンジェル投資家)等から多額の資金を調達している、もしくは調達を目指している企業などが一般的にはスタートアップと呼ばれています。
なお、特許庁の費用減免措置の対象となる中小ベンチャー企業はこれよりも少し広く、設立後10年未満で資本金額又は出資総額が3億円以下の法人であって、大企業に支配されていない法人とされています(不正競争防止法等の一部を改正する法律(平成30年5月30日法律第33号))。
 他社による買収(M&A)や上場(IPO)によるExit(イグジット)を目指す企業も多く、短期間での圧倒的な成長を前提としている点で、一般的な中小企業とは異なっています。
 スタートアップの事業領域は金融、物流、人材、通信、ヘルスケア、製造、飲食、マーケティング・広告、農林水産等、多岐にわたりますが、イノベーションによる社会的課題の解決を目的とし、アプリやWebサービスを提供することで短期間に顧客を獲得するICTを駆使した企業が多い傾向があります。

1-2.スタートアップの成長ビジネスフェーズ

 日本には現在360万社の中小企業が存在しますが、そのうち、毎年新たに生まれる株式会社は約2.5万社と推定されます。そこから、実証実験(PoC:Proof of Concept)を経て要素技術を商品化するところに「死の谷」と呼ばれる一つの大きな壁があり、無事商品又はサービスの提供開始ができるようになるのは約半数といわれています。
その後、損益分岐点を超えて事業がうまく拡大するまで顧客を獲得するところに「ダーウィンの海」と呼ばれるもう一つの壁があり、最終的に資金調達できる企業は約2,000社、上場できる企業は約100社しかありません。
 スタートアップに対する投資額は年々増加しており、2018年には5年連続過去最高額を更新し2,055社に総額4,387億円の投資がなされました。金額も従来は数百万~数千万円の投資額が多かったですが、ここ数年数十億円を超える大型投資も増え、スタートアップにとっては良い商品・サービスがあり顧客を獲得できていれば、資金調達をしやすい流れになってきています。
 従来はベンチャー・スタートアップと言えばお金がない、資金回収できるか不安、という声がありましたが、ここ数年で状況は大きく変わり、獲得した資金を知財も含めてダイナミックに投資して成長を目指すスタートアップが増えてきています。 2020年に入ってからは新型コロナウィルス感染拡大の影響により、スタートアップのビジネスや資金調達環境が悪化していますが、ポストコロナ/ウィズコロナ時代に向けて、スタートアップを起点に新たな成長産業が出現することが期待されています。

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「entrepedia (現INITIAL)国内スタートアップ資金調達動向2019、月間資本市場 2019.3(No.403) 最近のIPOの動向と東証の上場支援活動について」を基に作成

1-3.スタートアップにとっての知財ニーズ

スタートアップは短期間で成長し続けているため、社内の組織が完全でない場合も多く、知財が重要だとは思っているものの、専任の知財担当者は不在で、弁理士等の知財専門家にも会ったことがない、という企業も多いです。
 特に創業初期のシード・アーリーと言われる時期のスタートアップは、事業開始当初から知財を重要課題ととらえる一部のTech系企業を除いて、「知財は重要そうだ」との漠然とした認識はあるものの、具体的なアクションを起こしておらず、特許出願を行ったことがないという企業が大半です。
これら創業初期のスタートアップにとっては、まず事業の成長と安定化が第一目標であり、顧客獲得・資金調達・人財獲得など優先する課題が多く、知財にまで手を付けられない状況があります。このタイミングでフットワークの軽い知財専門家が現れると、即マッチングし、知財全体の相談から始まり、必要に応じて特許や商標の出願依頼が来ることになります。
 ただ一つのサービスやブランドしかない創業初期のスタートアップにとって、技術に係わる特許やブランドに係わる商標、意匠は非常に重要であり、1件の知財の重みが大企業のそれと比べて極めて大きいです。知財専門家が適切に方向付けをすることでスタートアップの成長の手助けとなります。

 なお、資金調達前のスタートアップは、知財に投資できる資金が少なく、成長に直結しない先行投資や保険的な意味合いの強い特許出願への出費は敬遠される可能性があります。そのため、知財は投資家への説明材料や顧客獲得等においてマーケティング的な使い方ができることや、また将来のライセンスや事業提携のための資産であって、必要な知財を確実に押さえていくことが重要である点は、十分に説明をする必要があります。費用の支払いについては、比較的長めのサイクルでの支払い、資金調達後に支払う一部後払いや、ストックオプションによる支払い、等を検討してみてもいいかもしれません。
 一方で、ベンチャーキャピタル等から比較的大きな資金調達を受けることができたミドル・レイター時期のスタートアップは、既にある程度の顧客数や事業規模を獲得しており、知財にかける資金にも余裕が出てきます。スタートアップ間の人材交流や、ベンチャーキャピタル等からの紹介により弁理士等の知財専門家と出会えている状況で、企業によっては社内に専任の知財担当者を採用している場合もあります。
 ただし、このような状況であっても、企業のオープンな性格から、新しい知財専門家のアプローチを拒みません。常に成長のために良い人材を探し続けており、複数の特許事務所を使い分けたり、乗り換えたりすることもありますので、積極的にアプローチをすることが重要です。
後半の第3章で詳しく説明しますが、スタートアップに求められる知財業務は「出願」に限られず、関連する様々なお悩み事を解決していくフットワークの軽さが必要です。「出願」に縛られず、柔軟に「このスタートアップが成長するためにはどうしたらよいだろうか?」という問いにどう答えたらよいかを常に考えながらスタートアップと接してみましょう。

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