- 目次
- はじめに
- 1.スタートアップを知ろう
- 2.スタートアップにとっての「良い知財専門家」とは何か
- 3.スタートアップ支援に必要なこと
- 4.出会い方、コミュニティに入ろう
- 5.この先の世界で知財専門家に期待されること
3.スタートアップ支援に必要なこと
3-1.必要なスキルと実際の知財業務
知財専門家がスタートアップ支援をするというと、事業戦略や会計財務なども含めてさまざまな知識とスキルを有していなければいけないという、スーパーマンのような人材をイメージする人もいるかもしれませんが、実はそんなことはありません。
基本的に必要な土台はあくまで、専門家としての「知財の専門知識」であることに間違いありません。経営や会計のコンサルタントとして関わるのではなく、知財専門家としてスタートアップ支援をする以上、基本的に求められるのは知財業務の支援・遂行だからです。
しかし、知財専門知識だけを有していれば満足にスタートアップ支援ができるかというと、そうとも言い切れません。スタートアップ支援をする際は、全体像を捉えて自主的に提案をする必要があるため、事業戦略の知識はあった方がよく、会計財務のある程度の知識もあった方がよりスムーズです。また、スタートアップ特有の文化や、円滑なコミュニケーションのためにITリテラシーもあると望ましいです。
つまり、スタートアップ支援に必要なことは、知財専門知識という土台がマストであり、その上に、あったほうが望ましい知識・スキルとしてさまざまなものが乗っているという構造と考えられます。ただし、上に乗るものは、当然全てが必要というわけではなく、やる気以外はやりながら身につくという類のものが多いでしょう。
そのような知識・スキルが必要とされたうえで、実際どのような業務が求められるのか、上記に全体像を整理してみましょう。
いくつか漏れがあるかもしれませんが、知財専門家がスタートアップ支援をする場合の業務が概ね網羅されているかと思います。もちろんこの中には、弁理士資格を有する者にしかできない事もあれば、資格に関係なく企業知財部経験者が得意とするもの、事務所所属の専門家が得意とすることもあるでしょう。
この表を見て気づいてほしいのは、業務の全体像を捉えると、必ずしもスタートアップ特有の業務は多くないという事です。第2章でも述べましたが、知財業務全体としては、スタートアップも大企業も中小企業も、大きな違いはありません。では大企業とスタートアップとの決定的な違いは何かというと、企業と(外部)知財専門家との役割分担です。
スタートアップは大企業と違い、社内に知財専属の社員は居ないことが多く、当然のことながら知財リテラシーは低いことが多いです。したがって、知財専門家が自主的に、やるべき業務を発見して提案して進める必要があります。
知財専門家がスタートアップ支援をする際は、全体像を捉え、業務を自分事と考えたうえで自主的に提案をして、手を動かして進める姿勢が肝要です。
スタートアップの知財活動の失敗例で多いのが、特許取得を優先させて、審査官の拒絶理由の通りに修正してしまうケースです。権利範囲がそもそものビジネスの目的に合致していないと、せっかく特許を取っても戦力にはなりません。
しかし、拒絶査定後に不服審判請求をすると、追加で費用がかかってしまいます。どこまで費用や時間をかけられるのか、特許の価値とのバランスをとりながら進めていくことも大事です。強い権利を取るためにあきらめずにがんばるのか、権利は狭くなっても早く取るほうを優先させるかは、事業戦略次第です。特許取得の目的が資金調達やブランディングであれば、とりあえず早く取ったほうがいい、という判断になることもあるでしょう。
特許の出口戦略として、権利化の目的を明確にし、スタートアップ側と専門家の間で共有しておくことが大切です。
何を出願したいのか分からない
スタートアップは、大企業とは異なり、具体的な出願内容がまとまっていない場合がほとんど。何を出願するのかさえ決まっていないこともあります。まずはスタートアップ側の話を聞き、弁理士が一緒にアイデアを考える姿勢が求められます。
両者の知財意識にギャップがある
スタートアップ側は「弁理士は言ったことしかやってくれない」、対して専門家は「何をやってほしいのかがわからない」というジレンマがあります。
知財に不慣れな経営者は、専門家が何をやってくれるのか、それにはどのような情報が必要なのかを知りません。また、スタートアップ側が取ろうとしている特許の内容では、ビジネス戦略に合っていない場合もあります。
経営者と直接話をして、相手の希望を聞き出し、必要な情報を提示してもらうなど、専門家側から積極的にコミュニケーションをとることで解消できます。
追加の費用負担が発生する場合
出願が拒絶査定を受け、不服審判の追加費用がかかってしまうケースです。もう少しでとれそうでも、スタートアップ側が時間や費用の負担からあきらめてしまうことも。説得が難しければ、専門家側で審判費用を引き受けて、登録後の成功報酬を提案するのも手です。
回収不能のリスク
スタートアップの場合、特許権が成立するまでに倒産してしまうリスクは十分にあり得ます。
リスクを最小限に抑えるためには、手続きを始める前に着手金をもらう、特許庁へ支払う費用については見積もりを提示し、振り込み後に出願手続きを進める、などの未払いリスクへの対策を講じておくことも一案です。
3-2.知財専門家とスタートアップとの新たな関わり方
知財専門家とスタートアップとの関わり方には、さまざまなスタイルがあります。スタートアップとともに働く知財専門家へのインタビューをもとに、どのようなきっかけでスタートアップとの仕事を始めたのか、仕事内容、必要な姿勢・スキル、これから同様の関わり方を考えている人へのアドバイスを紹介します。
下田 俊明氏
下田 俊明氏
「特許事務所では、権利を取るまでが仕事で、その先は企業任せになることがほとんど。もっと自分たちができることがあるのではないか? それには、どういうスキルを積めばいいのかを意識するようになりました」
権利を守るためだけに知財を取得している企業では、社内の知財部門に知見が蓄積されず、知財活用の幅が広がりにくい。そこに、弁理士が活躍するフィールドがありそうだと睨んだ下田氏。自分たちでは技術に対してうまく価値を見出せないとき、大手シンクタンクに調査・コンサルを依頼するのは敷居が高いが、普段からコンタクトを取っている弁理士なら相談しやすい。そのようなコンサルティングの依頼をこなすうちに、次第にスタートアップから声がかかるようになった。
長期的な視点で知財戦略を立てられるパートナーとして、スタートアップが成長するための将来のグローバル展開を見越した戦略づくりを支援。最初の技術シーズでの特許取得に留まらず、その後の開発によって生まれる第2弾、第3弾、海外展開のタイミングなど、それぞれのステージで必要な知財面だけでない、経営や会計なども含めたコンサルティングを実施している。
第一にコミュニケーション能力。将来のEXITまで視野に入れたとき、たとえばIPOの時点で最大の企業価値に高めるためには、どの程度の知財を持てばいいのか。こうした視野をもち、戦略を立てていかなくてはならない。そのためには、まず、知財以外の経営やファイナンスの話も引き出せるような信頼関係を築くことが大切だ。電話で済むことでもなるべくクライアント先へ足を運び、顔を合わせるようにしている。定期的に会い、雑談をしていくなかで特許のアイデアがでてくることもあるそうだ。
Startups) 代表パートナー 弁理士
株式会社 DRONE iPLAB 代表取締役 社長
株式会社エアロネクスト取締役CIPO 中畑 稔氏
株式会社 DRONE iPLAB 代表取締役 社長
株式会社エアロネクスト取締役CIPO 中畑 稔氏
知り合いの弁護士の紹介での株式会社コロプラへの企業訪問をきっかけに弁理士としての支援を始める。上場したばかりのコロプラで、社内での新規発明創出のための仕組みづくりなどを手掛ける。その後、転職したヘルスケアベンチャーのFiNCでも、同様にエンジニア以外の社員からも特許のアイデアが生まれる仕組みづくりに取り組んでいった。
現在は、独自の機体制御技術で高い評価を得ているドローンメーカースタートアップのCIPO、DRONE iPLABならびにOne ip(iPLAB Startups)の代表として活動。
DRONE iPLABでは、投資先の知財戦略支援、パテントポートフォリオ構築を行っている。出資先であるドローンスタートアップの知財をひとつにまとめた「パテントアンブレラ」を構築して、知財の運用・管理・集団での防御を支援する役割を担っている。
また、iPLAB Startupsでは、特許管理業務を含め、知財に関するアドバイザリー・コンサルティング・支援業務を中心にサービスを提供。特に、特定の先端分野業界を支えるための特許出願の手続きや戦略を立てるだけに留まらないCIPO人材の育成を急務としている。
「プロダクトや人が少ない初期のフェーズのスタートアップほど、社内ではなく外部から知財が重視される度合いが大きい。企業として無形資産のポートフォリオを見据え、きちんと戦略を説明できれば、投資家は資産価値として見てくれる。スタートアップの場合、売り上げがない、プロダクト未完成、人もいない、という時期ほど、アイデアという無形資産の経営に対する相対的重要性は高い。知財戦略は、資本政策と同様に、初期のころの活動が大事ですし後戻りできない活動だと思います」
「専門家」は、専門的な内容をわかりやすく伝えることに存在意義があるので、経営者が経営判断できるように伝え、経営者が経営に専念できるようにサポートする必要があります。
また決してCEO側のアイデアや発想を否定しないのがポリシー。「『できません』と言ってしまうと、そこで終わってしまう。どうすればできる、どこまでだったらできる、と実現させる方向でコミュニケーションを取ることが大切です。知財担当者側は、もしかしたら大化けするかもしれない可能性を潰してしまうかもしれません。経営の自由度を上げる、経営の選択肢を増やす、ということを大局的に考えるべきだと思います」
有定 裕晶氏
有定 裕晶氏
「現在所属するメルカリグループでは副業が推奨されており、個人的な繋がりからスタートアップの知財サポートを始めました。
メルカリの自社メディア『メルカン』に紹介記事が掲載されて以降、FacebookやTwitter経由で面識の無い方からの依頼が増えました。」
「副業は平日の業務終了後や休日を利用。クライアント先に出向くことは稀で、基本的にSlackでやり取りしています。
社内知財担当の位置づけでサポートすることがありますが、弁理士法遵守のために雇用形態を調整したり特許事務所や弁理士に依頼したりしています」
(スタートアップ・ベンチャー内の知財担当者として)「知財の知識は当然として、業界のサービス・ビジネスモデルの変遷、国内外の競合の動きを把握しておく必要があります。次に、色々な部署と連携するためのネットワークづくり。契約書は法務、報奨金の支給には財務や労務、出願には企画部門や開発部門、レポートには経営陣など、実はとても関連部署が多い。うまく回すには、まず各部署とスムーズに情報交換できるように接点を増やし、普段からコミュニケーションを取っておくことも大事です。あと、レスは早くて当然という認識も必要だと思います」
(副業として)「ベンチャー・スタートアップの文化を前提にした知財チームの基礎を作るようにサポートするのが大切だと思います。そのため、外部だからという姿勢で質問を待つのではなく、自分から質問していく・提案していくという積極的なインプットがより良いサポートになると思います」
西山 彰人氏
西山 彰人氏
社内での新規事業創出の関連の事業部への異動を機に、スタートアップとのオープンイノベーションや中小・ベンチャー支援サービスの企画を手掛ける傍ら、個人的にもスタートアップ支援のプロボノ活動を進めている。「NTTデータのオープンイノベーションの取組を通じて仲良くなったスタートアップの経営者と話すうちに、スタートアップこそ知財が重要だとわかってきました。経営者の相談に乗っていたら、徐々に副業の活動に広がっていった形です」
最初から弁理士として知財の相談を受けるというよりも、経営者に会って話をするうちにビジョンや事業内容の話で盛り上がり、自然の流れで特許の話に繋がっていく。プロボノ活動では、スタートアップへのメンタリングだけでなく、知財の勉強会も開催している。弁理士としての活動はスタートアップが特許を出願する前段階での支援が中心で、実際に特許出願に進めるときは、連携している特許事務所を紹介する形をとっている。スタートアップからの相談料は無償の場合が多く、金銭的にはそれほど利益が得られるわけではないが、西山氏にとって、スタートアップの経営者から受ける刺激がプロボノ活動の醍醐味。
「スタートアップの事業に共感することが大事ですね。僕の場合は、プロボノ的な立場でやっていきたいと考えているので、一緒に社会課題を解決する仲間というスタンスです。スタートアップの方は、課題解決に対する意欲がとても強い。その課題解決に共感するところがあれば、話は盛り上がりますし、支援したい気持ちになります」
「同じ目標をもつ仲間であることを理解してもらえるように、共通言語で接することを心がけています。初めは異業種の方とは話の切り口がわからないかもしれませんが、話を始めないことには仲良くなれません。まずは相手を理解すること。相手のビジョンやモチベーションの拠り所を話の中から探っていくうちに、コミュニケーションが深まっていくように思います」
プロダクトマネージャー(PdM)(※取材時)
弁護士
﨑地 康文氏
プロダクトマネージャー(PdM)(※取材時)
弁護士
﨑地 康文氏
アンダーソン・毛利・友常法律事務所での海外勤務、米国LLM留学の経験を経て、2019年7月よりAI医療機器スタートアップのアイリス株式会社にジョイン。もともと2018年度の知財アクセラレーションプログラム(IPAS)のメンターを担当するなど、外部専門家としてスタートアップを支援していたが、外部からの支援に限界を感じて、インハウスの専門家としてスタートアップに参加した。
インハウスの弁護士として、開発中の医療機器とAIデータの薬事法への対応を含む知財戦略業務に携わっていたが、法務や知財の職務に留まらず、エンジニアたちと一緒にさまざまな開発業務にも取り組んでいる。「ビジネス面もやりたいと思っていたので、全部に入り込める環境はすごくいいですね。一緒にやっていると、問題があれば自分でわかる。もし外にいたらこの情報は入ってこなかっただろうな、と思うことは多々あります」
「発明の発掘は、想像以上に難しかったです。中に入れば、もっと簡単に発掘できると考えていたけれど、エンジニアに直接聞いてもなかなか出てこない。相手に尋ねるのではなく、自分で製品を理解して、新規性を探すしかない。これができる弁理士さんがいると、スタートアップとしては助かるでしょうね」
人間関係を築く力と、変化を恐れないこと。「スタートアップはチームで動くので、相手を理解することが大事。また、状況が変われば、求められる役割も変わってきます。役職によって業務が固定されておらず、僕の場合、品質管理、薬事申請、統計処理、画像処理をしたりすることもあります。法務、知財だから、と殻に閉じこもっていたら厳しい。変化や挑戦を楽しめるかどうかだと思います」
知的財産部 部長
ガニング 麗奈氏
知的財産部 部長
ガニング 麗奈氏
特許事務所で外国特許事務に従事していましたが、企業での知財活動へ興味が広がり、研究開発中心のベンチャー企業へ転職。国内外での特許権利化、知財翻訳、ライセンス契約渉外、新規事業の立ち上げなどを経験。「研究開発から事業化後まで一貫してより深く知財活動に携わる機会を探すなかで、縁があり、Lily MedTech 社に入社しました。」
「事業進捗に併せて仕事内容は多様化します。入社当初は、競合企業の特許調査、大学とのライセンス契約交渉、新規特許出願などを優先的に進めました。2年目には知財戦略・出願戦略の構築、商標権利化、知財規程整備、3年目は、侵害クリアランス調査、知財契約業務、社員への知財啓発と業務を広げてきました。
権利化に関しては、支援を受ける特許事務所の先生方とテーマ別に出願方針も含めて相談しています。
併せて、知財系の助成金や支援制度などには積極的に申請。国内外の特許等出願、知財調査、知財活動などに対する公的支援は、専門家のアドバイスをいただける貴重な機会にもなり、資金・ヒト・スキルを補う強力な味方です。
一般的に、スタートアップでは知財には人材、コストをあまりかけられませんが、事業が軌道に乗り始めたころに知財事件が起これば、そのインパクトは非常に大きく、無策無対応でいる訳にはいきません。開発部や事業部、法務部と情報共有をしつつ、社内外の各分野の専門家も巻きこみ、自社の事業内容にあった知財チームづくりをして、将来に備えて今できることを粛々と進めています」
「スタートアップでは、事業フェーズ進行に伴い、必要となる知識やスキルの種類がどんどん増えていきます。どれも専門性の高い分野のため、各分野の専門家によるアドバイスが命綱であり、事業を理解し応援していただける専門家との密な連携が大切です。
また、知財戦略も、開発・事業進捗に合わせて柔軟に方向修正が必要となります。例えば、アーリーステージでのシーズ特許は時に資金調達の一助になり、また、開発が進めば事業を守る為に知財の一層の充実が必須になります。事業進捗に合わせて知財業務を地道に積み上げるのがインハウス知財担当者の重要な役目であり、専門家の力も借りて、時間対効果を上げるよう心がけています。
扱う業務や出願技術の多様性はスタートアップならではで、とてもやりがいがあります。また、自社の技術や事業の方向性を経営層と共有でき、手段として知財をどう活用するかを検討する過程は、スタートアップ知財の醍醐味だと思っています。何よりも、Lily MedTechという場で、発明が産まれ育つ過程を楽しんでいきたいです」
ウェブに掲載されていますhttps://ipbase.go.jp/specialist/workstyle/
目次 | はじめに | 1.スタートアップを知ろう |
2.スタートアップにとっての「良い知財専門家」とは何か | 3.スタートアップ支援に必要なこと | |
4.出会い方、コミュニティに入ろう | 5.この先の世界で知財専門家に期待されること |
目次 | はじめに | 1.スタートアップを知ろう | 2.スタートアップにとっての「良い知財専門家」とは何か | 3.スタートアップ支援に必要なこと | 4.出会い方、コミュニティに入ろう | 5.この先の世界で知財専門家に期待されること |