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スタートアップの知財を支援する専門家向け手引き書

2.スタートアップにとっての「良い知財専門家」とは何か?

「知財専門家」の仕事は、権利化業務はもちろんのこと、知財戦略の立案、他社特許対策、権利化後の知財の活用などさまざまです。
依頼先が大手企業の場合、知財戦略の立案、アイデア発掘などの権利化業務の一部、他社特許対策、権利化後の知財の活用などの仕事は、自社で行い、出願書類や中間処理の書類の作成などの権利化業務の一部だけを外部の特許事務所に依頼します。大手企業から特許出願が特許事務所に依頼された場合、発明者が提案書をある程度作成し、出願前の先行技術調査も行われ、特許になる可能性のある出願だけが特許事務所に依頼されてきます。
この場合、特許事務所にいる弁理士は、先行技術調査の結果を踏まえて発明者が作成した提案書に基づいて質の良い書類を作成するのが主な仕事になります。また、中間処理のときには大手企業側が方向性を決めてくれることもあります。その場合は、決めてくれた方向性に従って質の良い補正書や意見書を作成するだけでいいのです。大手企業にとっての「いい知財の専門家」は、依頼された仕事をきちんと処理してくれることが重要となります。
一方、スタートアップの場合、規模に違いはありますが、必要な知財の業務は、大手企業とほとんど変わりません。
しかし、スタートアップの特殊性として、発明者は、そのほとんどが社長や創業者かあるいはその周辺の個人であることが多く、スタートアップの代表者は会社を大きくするため非常に忙しく、知財の業務を行う余裕はほとんどありませんし、シード・アーリーといった調達段階では専任の知財担当者を雇うことも難しい場合がほとんどです。
このため、知財専門家はヒアリングや発明抽出から関わる必要があり、場合によっては発明提案書の作成という業務も行い、出願するかどうかの意思決定に際しても、「自分がこの会社の知財部長だったらどうするだろう」というようなスタンスで考え、提案をする必要があります。代表者やその周辺のキーマンから彼らの考えややりたいことを良く聞いて、知財戦略の立案・権利化業務・他社特許対策など知財業務の全体を可能な範囲で把握し、スタートアップ側が自覚していることだけでなく、スタートアップ側にとって本当に必要なことをアドバイスすることが求められるでしょう。忙しいスタートアップの代表者と知財の業務を上手に進めるには、フットワークの軽さ、レスポンスの速さもとても重要です。
そして、スタートアップと付き合う知財専門家は、自分ができることは自分で行い、できないものや他の人にお願いした方が良いことについては、他の専門家を紹介するなどして、スタートアップからの依頼について素早く適切に対応すべきでしょう。このとき、自分にはできないことに対応してくれる各種専門家とのネットワークを作っておくことが大変重要になります。


また、スタートアップを担当する知財専門家には、大手企業では考えられない以下のようなことがあります。
打ち合わせに行ってみても、資料が全くないということがよくあります。ただ目の前にある製品そのもの、又はサービス説明書だけが用意されており、ホワイトボードを使って、出願する発明について説明をしてもらい、最後に図面のデータを用意してもらうようなこともあります。このような場合は、製品の説明資料、論文等入手できる情報はすべて入手して、何とかして出願書類の完成を目指しましょう。
発表や出展が迫っているものの、会社にとって重要なアイデアであるため、まだまだ検討が必要なケースもあります。このような場合には、まずは、いま用意できる内容で特許出願しておき、1年以内に国内優先権主張出願を行って、アイデアをより充実させて、会社の柱となる特許に育ててあげましょう。
さらに、特許出願を行おうとしたものの、実施事業に近い先願の特許出願が見つかる場合もあります。スタートアップにとってこれからやろうとしている事業に近い他社特許出願があって、特許で事業を守ることができないことになると、投資家等から、事業を評価してもらえず、資金調達も上手くいかなくなってしまいます。このような場合は、代表者等とともに他社特許出願との違い等を考え、先願と差別化した出願とするようアドバイスを行って特許成立に導くこともあります。ただし、このときには、スタートアップが行う事業戦略とズレない形で特許化することがとても重要です。
また、先行技術調査を行ったところ、実施予定の事業に抵触する特許が見つかることもあります。このような場合も、情報を収集し、無効調査を行って、特許の存在が事業の妨げとならないようにします。どうしても無効にできない部分がある場合には、特許発明の技術的範囲に入らないような設計変更を一緒に考えて、実施の確保を目指しましょう。
さらに、スタートアップがせっかく取得した特許技術をライバル会社や大手企業が無断で使っていることもあります。このような場合には、相手企業に特許技術を使わないよう設計変更等を要請する、あるいは、ライセンス収入が得られるようライセンス交渉等を行うなど、権利によってスタートアップの事業を守り、企業の利益に結びつけることを知財専門家が手伝います。交渉のときには、余計な訴訟にならないように上手く進めることも重要です。訴訟費用やそこに費やす時間は、スタートアップにとって大変な負担になります。
使用している又は使用予定の商標について商標調査を行った際に、他社がすでに商標権を取得していたケースもあると思います。このような場合に、商標を簡単に変えることができればいいのですが、会社のハウスマークのような場合、簡単に変更できません。このような場合、知財専門家の方からスタートアップに取り得る手段を提案するのがよいでしょう。例えば、商標権者がその商標を実際に使っているかをまず調べ、使っていることを確認できないのであれば不使用取消審判を検討します。不使用取消審判をしつつ、譲渡交渉を行ってもよいでしょう。商標権者が使っている場合は、商標のライセンス交渉や分割譲渡の交渉を行うことを考えます。あるいは、商標権者に依頼して自社商標について商標登録出願、登録をしてもらったうえで、その商標権を譲り受けること(アサインバック)も選択肢になるでしょう。
以上のように、スタートアップにとっての「いい知財専門家」は、知財制度や法律をフルに活用し、何でも相談に乗って迅速に解決し、代表者と共に、そのスタートアップの事業を成功に導くことが重要です。依頼された仕事をきちんと処理するだけでは、大手企業にとっての「いい知財専門家」と言えても、スタートアップにとっては「いい知財専門家」とは言えないのです。社外であっても、インハウスの知財担当者の気持ちでスタートアップを支援することが必要です。

COLUMN 1
スタートアップとのコミュニケーションについて

スタートアップとの知財専門家業務での最初の接点は、単発の出願依頼です。といっても出願内容が決まっていることは少なく、まずは「このアイデアで出せますか?」という相談から入ることがほとんどです。ここで出願に至らなかった場合、料金は発生しないのか、あるいは相談料をもらうのかは判断に悩むところです。
報酬体系が出願業務のみという事務所の場合、あまり価値のない発明であっても出願する方向に進みがちです。相手が出願を希望していればなおさらでしょう。
相談料による課金は、出願の可否に関わらず報酬が得られる反面、いい特許にするために時間をかけるほど費用がかかってしまい、スタートアップにとっては想定していなかった負担になるのが難点です。
いずれにせよ、まずはスタートアップ側の事業内容や方向性をしっかりとヒアリングして、アドバイスをすることが大切です。
シード期のスタートアップは、あまり知財は生まれないので、しばらくは単発の相談が続くことになります。こちらから月に1回から四半期ごとなど定期的にコンタクトを取り、相談しやすい関係性を築いていくといいでしょう。メールではなく、SNS・Slack・チャットワークなどのメッセージツールなどでやりとりする方法もあります。
会社が成長して知財相談が増えてきたら、顧問契約、あるいは週1日のインハウス、CIPOに就任する、などの選択肢があります。

COLUMN 2
スタートアップと知財専門家での課金パターン

スタートアップにおける知財相談には一律の料金体系はありません。 下記例を参考としつつ、クライアントの事業規模や調達ステージに合わせて、コストが発生する前に相談しておきましょう。
パターン1:タイムチャージ制
単発の相談にはタイムチャージ制が一般的。料金は1時間1~3万円程度。相手の予算や相談内容からあらかじめ時間を見積もり、上限額を設定しておくと安心して相談できます。
パターン2:顧問契約
月3~5万円からスタートし、事業規模や相談頻度に応じて料金を上げていくケースが多いです。一定時間を超えるとタイムチャージで課金する方法もあります。
パターン3:後払い、登録の成功報酬
資金がないスタートアップの場合、報酬を分割して一部を手付金として先に支払い、資金調達後や特許の登録完了後に残額を支払うケースも少なくありません。
また、ストックオプションの発行や、特許のライセンス収入が見込まれる場合は、ライセンス料の数パーセントを報酬とする契約形態もあります。ただし、これらは非常に稀です。都度の報酬でストックオプションというのは、時間も手間もかかるため現実的ではありません。