投資家のための知財ホワイトペーパー
スタートアップ企業の成長を加速させる上で、ビジネスに応じた知的財産の取り組みはとても重要です。なかでも革新的な技術の事業化を行う研究開発型のスタートアップ企業にとって、知財戦略は事業成長の成否を大きく左右するものになります。
スタートアップ企業の知財戦略を強化するためには、創業期から付き合っている投資家のアドバイスが重要です。また、投資家はアドバイスだけでなく、スタートアップ企業に必要な知財戦略のコストを資金面から支えることができます。
今回はスタートアップ企業に投資を行う投資家に向けて、知的財産の評価・支援の落とし穴とその対策をまとめました。
(出典元:ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き)
1. 投資家による知的財産支援の意義とは
近年の産業構造や技術の複雑化に伴う事業会社によるオープンイノベーションの取組みの拡大により、スタートアップ企業にとって、事業会社との提携や EXIT 先としての事業会社への M&A によりその技術を迅速に社会実装させる選択肢の重要性が高まっています。このような中でスタートアップ企業の知財戦略に瑕疵があると、提携・買収の成否を左右したり、取引に当たってのディスカウントの要因になったりする可能性があります。
逆に言えば、投資家がスタートアップ企業の知的財産を適切に評価し、積極的に支援を行うことは、スタートアップ企業の競争優位性を守るだけでなく、事業の成長・EXIT の選択肢を増やし、企業価値を高めることにつながります。また、投資家にとっては次の投資の呼び込みや多様な EXIT の実現につながり、結果的に投資リターンが最大化していくといえます。
■知的財産の評価・支援を行ったベンチャー投資家の事例
参考事例:Natural Motion社
ギャップファンドが知財支援を講じ、大きなリターンを得る
参考事例:米国のVC
VC内部の知財弁護士が知財戦略を支援し、M&Aにつなげる

2. 投資家による知財戦略支援とは
まず、考えるべき「知的財産」は、特許権だけではありません。会社やプロダクトの名前は商標権で、デザインは意匠権で保護されます。さらに、ノウハウやデータ、顧客情報などの営業秘密、著作権も重要な知的財産の一部です。スタートアップ企業の事業を支える優位性が何なのかに応じて、スタートアップ企業が守るべき知的財産、その守り方、使い方を見極めることが重要といえます。
知財戦略のポイントは、何か新しい発明が生まれたときに、その発明について「いかに広い特許権を確保するか」という観点だけではなく、経営戦略全体を考えていく中で常に知財の要素を考慮することです。

スタートアップ企業自身が知財戦略を考える時、「技術」の優位性の観点から権利化や契約を考えていくことが多いです。特に研究開発型スタートアップの場合、優位性が技術にあることも多く、とにかく技術を守ろうと考えがちです。また、知財専門家も、発明の権利化については長けていても、必ずしも「経営戦略」の観点を持っているわけではありません。
その点投資家は、投資先の企業価値を最大化するために、現在及び将来の「市場」と「アライアンス先」という視点をもって経営戦略全体を考えることができます。そのため投資家は知財戦略の視点を拓き、バランスを取るという重要なポジションにいると言えます。
特に知財は資本政策と同様に、一度落とし穴にはまると後に戻ってリカバリーするのが困難なことが多いので、成功の鍵を握るのは初期に支援する投資家です。
また、投資家はスタートアップ企業の知財調査・出願・契約等にかかる知財費用を充足するための資金面からの支援を講じることができるため、投資家が知財の意義を理解し、評価・支援する意味は非常に大きいです。
知財戦略の基本的なポイントについてはこちら
3. 投資ラウンド別のよくある落とし⽳
投資の際に実際に起きたリアルな落とし⽳とその対策について、全13件の事例の中から各シリーズ別に1つずつ事例を選んで紹介します。
エンジェル
- 落とし穴 1:事業計画の中に知財戦略がない
- 対策:事業計画を策定する際は知財戦略も必ず議論する
- 対策の詳細や参考事例
シード
- 落とし穴 4:大学で出願した基本特許はあるが、商用化の観点から権利化されていない
- 対策:大学発ベンチャーの事業範囲・用途・市場国をカバーする知的財産を確実に権利化する
- 対策の詳細や参考事例
シリーズA
- 落とし穴 6:知財がビジネスモデルと対応していない
- 対策:事業範囲をカバーする知財戦略を立て、実行する
- 対策の詳細や参考事例
シリーズB
- 落とし穴 8:基本特許は確保したが、他社に周辺知財を押さえられてしまい、事業がスケールしない
- 対策:事業成長に必要な知財ポートフォリオを構築する
- 対策の詳細や参考事例
シリーズC
- 落とし穴 10:海外展開を目指しているが、知財・標準化戦略が国内市場向けに留まっている
- 対策:進出先国に合わせた知財戦略と採用戦略を推進する
- 対策の詳細や参考事例
CVC
- 落とし穴 12:既存領域の投資では自前主義や大企業の知財管理の観点により、評価の客観性が不足する
- 対策:既存事業に近い投資の評価はバイアスがかかることに留意しながら、社内リソースを活用する
- 対策の詳細や参考事例
4. VCへの知財専門家派遣プログラム(VC-IPAS)
特許庁が推進するアクセラレーションプログラム「VC-IPAS」ではベンチャーキャピタル(VC) へ弁理士・弁護士といった知財の専門家(以下「専門家」という。)を派遣し、VCを通じたスタートアップへの知財戦略構築等の支援を行っています。
派遣された専門家がVCと協働して、投資前及び投資後のスタートアップに対して事業戦略に連動した知財戦略構築等の支援を行うことにより、スタートアップの成長を加速します。