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IPASを通して見えた知財メンタリングの基礎

3.知財戦略構築事例

Day1 顔合わせ

初回メンタリングでは、研究開発型スタートアップだけでなくチームメンバーとも初めて顔を合わせます。「人の印象は初回が大事」とよく言いますが、みなさんどこに気を付けているのでしょうか。



Story

 「近藤国際特許事務所パートナー弁理士の近藤です。大学時代は、ドラえもんを作りたくてロボット工学を学んでいました。その後、産業用ロボット大手のkamadenceで15年エンジニアリング及び知財部を経験し、その後、弁理士として活動しています。よろしくお願いします。」
 「株式会社Little Tulip Edgeの片桐です。私は、大手電機メーカーの沖田機械工業で10年働いた後、VCとして活動しています。現在は、主にIT、ものづくり、新素材等の研究開発型スタートアップに対して出資しています。よろしくお願いします。」
 近藤、片桐ともに、いつもの通り簡潔な自己紹介を行った。

 「事務局は、分野的にウチに合った専門家を選んでくれたんだな。」
 仲川は、いったんホッとした。

「社長の仲川光太郎です。私は、大学院生の時に、同じ研究室のメンバーと共に当社を起業しました。私の和歌山の実家では、祖父母が小さなスーパーを営んでるのですが、年々、搬入作業やレジ打ち等の作業がきつくなってきたと愚痴っていたのを聞いて、起業を思い立ちました。高齢者が営む商店は日本中にあり、その方々を、ロボットの力でサポートしたいと思っています。」
 近藤、片桐は、仲川の言葉に大きくうなずきながら、メモを取った。

解説

・ 自己紹介は、研究開発型スタートアップとの接点を絡めつつ簡潔に
• 創業者の起業の原体験等は特に重要なので、言語化しておく

1.自己紹介
 IPASの初回メンタリングでは、名刺交換の後、自己紹介を行うことが一般的です。
 自己紹介では、自分のことをより多く研究開発型スタートアップに知ってもらいたいと思って、ついつい多くのことを話しがちになるかもしれません。ただ、この後のメンタリングの時間を多くとるためにも、また、研究開発型スタートアップのことをよく知るためにも、自己紹介は簡潔な方が喜ばれると考えられます。
 ただし、研究開発型スタートアップの信頼を得るために、研究開発型スタートアップのビジネスや技術に対して知見を持っていることは、伝えておくべきでしょう。たとえば、大学の専攻や前職がスタートアップの技術分野に関連していた、類似のビジネスモデルを展開する会社を支援している、といった話ができると信頼を得やすいでしょう。

2.研究開発型スタートアップの自己紹介をしっかりと聞く
 研究開発型スタートアップの自己紹介は重要です。
 特に、創業者の想いや原体験等には、研究開発型スタートアップを理解する上でヒントとなるキーワードが出てくることが多くあります。
 創業者の想いや原体験等を言語化し、メンタリングの基礎とする事で、軸がぶれない議論ができる様になります。

Day1 研究開発型スタートアップのビジネスを理解する

いよいよメンタリングが始まります。まずは、研究開発型スタートアップからビジネスや技術、相談内容の説明を受けます。この段階では、「理解」がキーワードとなります。

Story

 「IPASには、ライセンスを活用したビジネスモデル構築支援と全般的な知財戦略策定支援を期待しています。あと、大学の時に取得した特許の実施権について、出身の帝都大と交渉をしたい ので、その点も相談に乗ってほしいです。」  仲川は、いつもピッチ会等で使用しているプレゼンテーション資料を用いて、このビジネスを 始めたきっかけ、ビジネスに対する想い、ビジネス全般の説明と技術及びその特徴を30分程度で メンタリングチームに説明した。
 片桐は、仲川の話に対して一回一回大きくうなずき、時に相づちを打ちながらじっくり聞いていた。
 ビジネス的にはまだまだ詰まっていないところも多く見受けられるが、今はそこを詰めていくよりもまずは創業者の考えていることを全て受け止めて、全体像を把握することが肝心だ。
 また、IPASの性質上、研究開発型スタートアップは知財について色々話したいことも承知のうえだ。
 ただし、この段階で明確化しておくべき事項がいくつか存在する。
 「丁寧なご説明ありがとうございます。いくつか掘下げて教えていただきたいことがあります。」
 片桐は、おもむろに質問を始めた。

解説

・ビジネスについては、創業者の考えを偏見なく受け入れ、全体像を理解する
・将来像の明確化、「競合」・「海外展開」・「マネタイズ」の確認はこの段階で

1.ビジネスの全体像を理解する
 メンタリングはビジネスの理解から始まります。
 その際は、白地図に一つ一つピースを置いていくように、創業者の言葉を素直に受け入れ全体像を少しず つ把握していくことが重要です。そのためにも、技術面だけでなくビジネス全体を把握し、経営上の意思決定権をもつ社長や経営陣が主体的にメンタリングに参加することが望ましいです。
 特に、研究開発型スタートアップのビジネスは社長や経営陣の人生そのものである場合が多くあります。 社長や経営陣がどのようなきっかけでビジネスを立ち上げたのか(原体験)、どのようなチームなのか、どのような顧客像にどのような価値を提供したいと思っているのか等、可能な限り情報を拾っていきましょう。

2.この段階で確認しておきたいこと
 今後のメンタリングの全体像や方向性を描くにあたり、いくつか重要な質問があると考えられます。
 まず、将来のありたい姿の明確化です。いつ頃にどの程度の売り上げを達成したいか、どれくらいのユーザーや市場占有をしておきたいか、出口はIPOかM&Aか等、漠然とした目標ではなく、数値等で具体化することが有効です。
 また、ビジネスモデルの確認も肝要であり、特に製品・サービスのローンチ直前のような研究開発型ス タートアップ支援の際には、競合優位性や海外展開の有無、どの部分でマネタイズするのかという3点について早期に抑えておくことで、以降のメンタリングの方向性がある程度定まってきます。

Day1 知財面の初期の相談に応える

IPASでは、研究開発型スタートアップが初回メンタリングから知財面での相談を求めてくる場合があります。ビジネスや技術の全体像が把握できていない中での各論の相談にどう対処すればよいの でしょうか。

Story

 「近藤先生、我々の小店舗搬入・搬出ロボットの画像認識部分の技術は、是非特許化し、大手家電メーカーにライセンスしつつ大量生産していきたいので、是非、よろしくお願いします。また、搬出ロボットの制御部分の技術は、私が帝都大学時代に特許を取得しているのですが、ライセンス契約を
結ばなければいけないということでしょうか?結ぶ必要があるのであれば、うまく独占契約を結びたいのですが。」

仲川は、早速、これまで課題感を持ちつつも手付かずであった知財面の悩みについて、近藤に相談を持ち掛けた。せっかく優秀な知財専門家を派遣してもらっているのだ。この機を逃す手はない。
「ざっと私の方でも制御技術に関する特許を洗ってみたのですが、いくつか先行する特許があるようですね。ただ、御社のビジネスの最も重要な価値提供を実現する部分がどこかによって、これらが本当に先行特許と言えるのかどうか決まってきますね。まずはそのあたりを明確化していきましょう。ライセンスについては、大学との条件交渉になりますが、いったん、今検討されている契約書案を見せてもらえますか?」

近藤は、仲川の相談に一つ一つ丁寧に応えつつ、ビジネスと連動した知財の検討が必要であることを説明した。近藤自身、可能な限り下調べはしたが、まだまだわからないところが多い状況である。
片桐は、全体像を気にしつつも仲川と近藤のやり取りを見守っていた。

解説

・信頼関係が構築されるまでは、研究開発型スタートアップのペースに極力合わせる
・知財の各論の相談対応をしつつも、ビジネスの全体像は常に意識しておく

1.研究開発型スタートアップのペースに合わせる
 IPASや知財メンタリングでは、まず、研究開発型スタートアップのビジネスを理解し、次に、ビジネスを紐づけて知財戦略を検討していくという流れが基本となります。
 ただし、研究開発型スタートアップ側としては、ビジネスについては日頃から考え取り組んでいるという想いもあり、メンタリング初回から不足しがちな知財の検討に進みたくなる傾向にあります。
 この場合、基本的な流れよりもむしろ研究開発型スタートアップからの信頼を勝ち取ることに注力しましょう。  具体的には、はじめに研究開発型スタートアップのニーズをしっかりと聞き、それに丁寧に応えていくということが効果的です。特に、支援の初期段階では枝葉の論点ではなく、研究開発型スタートアップとの目線合わせをすることが重要です。専門家の立場から、知的財産に係る基礎的な考え等を丁寧に説明することも喜ばれる場合が多く、この後のメンタリングもよりスムーズに進めることができます。

2.各論が多い場合でも、常にビジネス全体の把握は意識する
 とはいえ、知財の各論の相談対応ばかりで終始してしまっては、せっかくの知財メンタリングの場が、無料相談所になりかねません。
 「ビジネスと知財の関連性」、「顧客へどのような価値を提供したいのか」、「顧客価値を実現するためのコアな技術(最低限必要となる技術)は何なのか」といった、ビジネス全体と知財の整合性については、言葉の端々に入れて、研究開発型スタートアップの知見向上を図っていきましょう。

Day1 チームビルディング

初回メンタリングでは、ビジネス・知財の両メンターも初対面となります。限られた時間の中で、 これから二人の専門家が有機的に協業していくには、何に気を付けるべきでしょうか。

Story

 「実は、私、学生時代にこの近所に住んでいまして、このお店もたまに来ていたんですよね。リフォームしたのかすごくきれいになっていますけど、当時と変わらず、とても美味しいです。」
 片桐は、メンタリング終了後、近藤をランチに誘った。
 「ところで、近藤先生、ZF社の印象いかがでした?」
 「そうですねえ。知財に関心はあるようだけど、いまいち何が技術的に優位なのかが掴めないんですよねえ。細い商店の通路をバランスよく通行できるとか、画像認識とかって、他にもありますしね。
 その割に、仲川社長は知財の細かな点を聞いてくるんですが、まだその段階にはないのかなとも思います。ZF社の顧客や強みをしっかり確認したうえで、ビジネス上の予定と開発計画の整理をした方が良さそうですね。」
 近藤は、初回メンタリングで感じたことを包み隠さずに話した。
 「同感です。ビジネスの根幹がまだ定まっていないのではないかと思います。
 ところで、今日の進め方大丈夫でした?仲川社長は知財の相談がしたそうだったので、近藤先生に多めに振らせていただいたのですが・・・」

解説

・メンタリング前後に、メンターだけで会議する時間を設ける
・初回メンタリングでは、意識的にメンター同士が会話する

1.メンタリング前後の会話
 研究開発型スタートアップとの信頼関係構築に加え、メンター同士のコミュニケーションを図ることは非常に重要です。
 食事の場を設ける、オンラインミーティングをセットする等どんな手法でも結構ですが、是非、メンタリングの場以外でも、メンター同士だけで忌憚ない意見交換を行える場を作ってみてください。
 お互いのバックボーンを知り、研究開発型スタートアップに対する印象や課題仮説、確認事項等を共有し、ゴール設定や直近のメンタリングの進め方を議論する等、研究開発型スタートアップの知財戦略構築について、意識共有を図りましょう。

2.メンタリング内でのメンター同士の会話
 初回メンタリングは、まずはビジネス面から全体像を把握した方が良い場合が多いです。そのため、必然的にビジネス専門家がファシリテーターの役目を担う傾向にあります。自分がファシリテーターとなった場合は、自分の領域に関する研究開発型スタートアップへの質問をするだけでなく、時に知財メンターにも話題を意識的に振り、コミュニケーションや協業を図ることが有効です。
 また、知財に関する研究開発型スタートアップからの細かな質問が重なる場合もあります。知財専門家は、一つ一つ応えつつも、時にビジネス面からのコメントをビジネスメンターに振ること等が重要です。



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