1. デュー・デリジェンス総論
(5)一般的な出資等のプロセス
(i)全体の流れ
DDを含む一般的な出資等の手順は、例えば、以下のようなものがあります。
対象会社の選定
出資等の対象会社を選定します。
破綻後の事業再編の場合、複数のスポンサー候補が、対象会社(の管財人等)が主催する入札(bit)へ同時に参加することもあります。
NDA締結
営業秘密を含む対象会社の秘密情報が開示されるため、対象会社・出資者等間で秘密保持契約(NDA/CDA)を締結します。
初期的資料開示
本格的なDDの実施前に、決算書や事業計画書などの典型的な基礎資料が開示されます。
初期的検討
出資等の目的のほか、どのような手法で出資等を行うのか(スキームの決定)2 、出資等の取引を実行する前提となる最低限の条件(重要な前提条件)3 を検討し、これらを踏まえてDDの方針や調査範囲を決定します。
DD実施
初期的検討で決定した方針に沿ってDDを実施します。
一般的なDDの手順は後記(iii)、知財DDの特性を踏まえた手順は後記(6)を参照して下さい。
最終契約締結
DDの調査結果を踏まえ、指摘事項に対応する契約条項を盛り込んだ出資等の最終契約を作成します。
取引実行
前提条件の成就を確認の上、最終契約に基づき取引を実行します。
統合作業(PMI)
実行後のシナジーや円滑な運営を確保するため、必要な手当(社内規則の統合等)を行います。
(ii)リスク評価系のDDの目的
DDのうち、特にリスク評価系のDDを行う主たる目的は、まず、①初期的検討で検討した「重要な前提条件」(出資等の取引を実行する前提となる最低限の条件)を裏付ける事実があるか否かを確認することにあります。
次に、この「重要な前提条件」の障害となるような事実がないかを確認し、調査によってこの前提条件が整わないと判断された場合は、②取引を実行するために必要な対応策を検討することになります。
多くの取引において、一般的に「重要な前提条件」となる事由と、これに対応する「調査大項目」を大まかに整理すれば、以下のようになります。
重要な前提条件 | 調査大項目 |
---|---|
対象会社や対象事業の収益源(企業価値の源泉)が法的に担保されたものであること |
企業価値の源泉となる法律関係は何か 例えば、創薬ベンチャーが製薬会社に特許をライセンスして、共同開発をしているのであれば「共同研究契約」等が、大学から自社サービスに必須の特許のライセンスを受けているのであれば「ライセンス契約」等が、ここでいう法律関係に当たります。 法律関係が法的に保護されているか 例えば、自社が独占ライセンスを受けている大学の特許権の年金が納付されているか、重要な取引契約が相手方の都合で一方的に解除されたりしないか等、価値の源泉となる権利関係の存在・継続性等を確認します。 |
担保された価値の評価が合理的であること |
潜在的な債務の顕在化リスクが存在しないか 例えば、自社のWebサービスが第三者の商標権を侵害し、損害賠償債務を負担するおそれがないか、職務発明に関する相当利益請求権の基準を定めておらず、将来に付与すべき額の見通しが立たないということはないか等が、潜在的な債務に当たります。 |
取引の実行によってその価値が減じられないこと |
取引の実行が、法律関係や価値評価に影響しないか 例えば、臨床試験中の医薬品のように、許認可が必要な事業を行っている対象会社から事業だけを買い取ると、許認可の手続がやり直しになってしまうことがあります。また、出資者等の競合他社との間で対象会社が重要な取引を結んでいる場合、出資者等の出資等が、このような重要な取引の解除を引き起こしてしまうおそれがあります。 |
(iii)一般的なDDの手順
DDは、ケースによりますが、概ねは以下のような手順で行われます。
下図のうち、資料リスト作成からインタビューまでの調査項目に定まった順序はなく、調査で発見された事項の追加調査が必要と判断されれば、これらの手順は繰り返し行われることになります。また、調査の手順や調査事項(インタビュー時の質問事項等)の内容は、キックオフ・ミーティング後、初期的検討での方向性を踏まえて具体化していきます。
キックオフ・ミーティング
関係者でDDの手続やスケジュールを確認します。
開示資料リスト作成
開示を求める資料のリストを作成し、対象会社に提出します。
資料開示
資料が対象会社から開示されます。
※ 資料の開示は、ネットワーク上の専用ストレージサービス(VDR: Virtual Data Roomと呼ばれます。)経由での開示が普及しつつありますが、機密性の高い資料については、DD担当者が対象会社のオフィスに出向いて、現地の会議室で原本を確認するいわゆる「オンサイトDD」の場合もあります。
開示資料の検討
開示資料を検討します。
※ 開示資料の検討を社内の人員で行う場合、社内の研究開発担当者や営業担当者が開示された資料に接する機会がないように、仮にやむを得ず関与させる場合にも必要以上に関与することのないよう、社内での情報遮断措置(Chinese Wall)を確認すべきでしょう。
書面での質問・回答
(QAシート)
質問事項を対象会社へ提出し、書面で回答を受領します。
インタビュー
経営層及び関係者を対象に、口頭でインタビューを行います。
※ 特に書面やデータでは確認できなかった重要な前提条件については、口頭で確認せざるを得ない場合もあります。ここで得た証言については、後述する表明保証条項で、売主(対象会社の株主等)に確約してもらうこともあります。
報告書作成
必要な場合、報告書を作成します。
※ 取締役会や外部 (銀行等)への説明が必要な場合は、報告書を作成することがあります。外部の専門家に調査を依頼した場合、費用を抑えるために、重要な指摘事項に限定した報告書(エグゼクティブ・サマリー)にとどめることも一案です。
対応策の検討
報告書を踏まえて、対応策の検討を行います。
(iv)DDの結果とリスク評価・対応策
DDにおいて発見されたリスクについては、取引自体への影響を評価した上で、対応策を検討する必要があります。
リスクの高低を測る画一的な基準はなく、初期的検討で検討した取引実行の重要な前提条件との関係で、予定していた取引の目的の達成をどの程度阻害するかどうかを相対的に判断するしかありません。
実務的には、DDで発見されたリスク毎に、どのような対応策を採るべきかを決定していくことになります。リスクの程度に応じた具体的な対応策の例は、例えば、下図のように整理できます。
リスク | 対応策例 | ||
---|---|---|---|
高 | 取引自体の中止 | ||
主要な取引条件の変更 | 取引価格の減額 | ||
取引手法の変更4 | |||
中 | 契約書における リスクヘッジ |
実行の前提条件の変更・追加 | 実行前の義務の変更・追加5 |
表明保証条項 | |||
実行後の義務の変更・追加 | |||
低 | 出資等の後の統合作業(PMI)で対応すべき事項の検討 | ||
表明保証条項 | |||
発見事項なし |
出資者等において受忍できない重大なリスクが発見された場合には、売主にとって重要な取引条件(取引価格・取引手法)の変更を余儀なくされ得ます。リスクの内容が、取引条件の変更その他の契約条件の修正では対応できない場合には、取引自体の中止(ディール・ブレーク)となってしまう可能性もあります。
もっとも、DDによって明らかに「高」に分類すべき事実が発見されることはまれです。むしろ、リスクの端緒となる事実があるだけで、リスク自体は顕在化はしておらず、最終的な契約の締結以降にそのリスクが実現する懸念を否定しがたいという微妙な調査結果が得られることの方が多いのが実情です。このような場合は、ディール・ブレークとなるドラスティックな対応策ではなく、「中」に記載したようなリスクヘッジのための契約条項を最終契約に書き込む方法を採用することもあります。契約書に定めるリスクヘッジ条項は多種多様であるが、主要な条項と利用目的は、例えば下表のような項目があり得ます。なお、①ないし③は、どれか一つを選べば足りるというものではなく、1つのリスク(瑕疵)に関して、これらを重ねて規定することもあり得ます。
主要条項 | 利用目的 | |
---|---|---|
① | 前提条件 | 取引の実行日までにリスク(瑕疵)が改善(治癒)されていなければ出資等を実行する義務(ex.代金の支払義務)を負わないものとして、取引から安全に離脱する選択肢を確保します。 |
② | 実行前の義務 | 売主に対してリスク(瑕疵)の改善(治癒)を実施(履行)するよう求めたり、実施しない(不履行)時に金銭賠償を求める権利を定めます。 |
③ | 表明保証条項 | リスク(瑕疵)に該当する事実が契約締結日・取引実行日など特定の時点において存在しないことを保証させ、事後にリスクが顕在化したときは、金銭賠償を求める権利を定めます。 |
④ | 実行後の義務 | 取引を実行するか否かには影響を及ぼさないが、取引実行後も重要な前提条件を維持するために、取引実行後の義務を負わせ、一定の行為を行うことや不履行時の金銭賠償を求める権利を定めます。 |
以上のような手当を講じる必要がないと判断できる場合には、出資等の後の統合作業(PMI)で対応を実施すべき事項がないか検討します。
もっとも、軽微なリスクしか存在せず、又はそもそも特段のリスクが発見されなかったからといって、契約上の手当が全く不要となるわけではありません。DDには、前記のような時間や費用の制約があり、対象会社や売主から提供される情報に依拠せざるを得ないため、完璧なDDはおよそ不可能だからです。
このようなDDの不完全性を補完するため、最終契約においては、DDの前提となる開示された資料・情報の網羅性(完全性)と正確性を担保する必要があります。DDにおけるリスク評価は、開示された資料・情報に不足がなく、かつ正しいことを前提としていますから、この前提が覆った場合の責任(経済上の不利益を誰が引き受けるのか)を明らかにしておくことが重要です。
例えば、DDの過程において、出資者等が要請した情報が全て開示され、かつ開示された情報が正確であること等を表明し保証することを定める表明保証(Representation & Warranty)条項として明記し、表明保証に違反があった場合に出資者等の損害を補償する義務(Indemnification)を定める方法が考えられます。
ただし、出資等の規模や対象会社の成熟度に照らして、常に必要以上の表明保証及び補償義務を対象会社に求めることは、かえって過大な負担をスタートアップ企業等に強いるものとなり、時間も費用も限られているスタートアップ企業の成長性を害するおそれがあることへ十分に注意する必要があります。
例えば、組織内のガバナンスや規程類の整備などは、むしろ出資者等の側がハンズオン支援という形で、又はPMIの中で整備していけば足り、必ずしも今回の出資等の実行段階で完璧である必要がないという判断も必要です。
また、後述する権利侵害の有無の調査(FTO調査)についても、網羅性のある調査を事前にスタートアップ企業が行うことは著しく困難であり、第三者の知的財産権を侵害していないことの完全な表明保証を行うことは困難です。
実務上、出資者等において、期間や費用上の制約で完全なDDが困難であった事項について、表明保証及び補償条項で対象会社にリスク転嫁をすることは、対象会社が大企業である場合は妥当なこともありますが、スタートアップ企業では酷な場合も多いと思われます。
一定のリスクについては、投資に内在するリスクとして出資者等において引き受けるなど、ある程度の柔軟性をもって対応することも重要です。
2 例えば、スキームが株式の買取であれば、法務DDでは株主名簿を必ず確認することになります。
3 例えば、製薬ベンチャーであれば、すでに出願中の候補化合物について、その特許登録を前提条件とすることなどが考えられます。
4 例えば、対象会社の株式の全部を取得する(完全小会社化する)と、対象会社の問題のある高い事業まで引き受けてしまうことが明らかになった際に、事業譲渡の方法で将来性の高い事業を切り出して買い受けることなどがあります。
5 実行の前提条件には、対象会社以外の第三者次第の内容(特許の登録査定等)が含まれますが、実行前の義務は対象会社(又は売主等)の義務のみを指します。