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知的財産デュー・デリジェンス標準手順書及び解説

2. デュー・デリジェンス各論

(2)知財DDの手順

(ii)知財DDの手順毎の解説

① 「手順1 対象会社・対象事業に関する事前検討」について

作業1 対象会社・対象事業に関する事前検討

内容:対象会社又は対象事業について、ヒアリング又は入手可能資料の範囲で検討し、調査対象を特定し、かつ調査対象毎に問題となる知的財産権の種類を特定します。

方法:i)ヒアリング
ii)事前開示資料
iii)一般公開資料(ウェブサイト、企業データベース等)

一般的なDDにおいては、まず典型的な資料リスト(のテンプレート)を対象会社に示して資料の開示を求めることから開始されることが多くあります。しかし、前記のとおり、知財DDは権利の種類や事業分野によって調査対象が大きく異なる場合が多いため、このような汎用的なリストによる資料の開示要請が適切でない場合もあります。

また、知財について汎用的なリストを作成しようとすると、特許、商標、著作権等の権利を全て網羅したものにならざるを得ませんが、例えば、ビジネスモデルに特徴のあるサービス業を行う対象会社に対して、技術系の調査資料(特許登録原簿やクロスライセンス契約等)の開示を要請しても意義が少ない上、調査の対応をする対象会社側にとっても、自社に無関係な事項が多数含まれている膨大なリストをチェックするという無駄な作業が発生してしまいます。

そこで、具体的な調査に先立って、調査対象を特定するための事前検討が特に重要となります。この事前検討は、ウェブサイト、製品カタログ、IR資料(上場企業であれば、有価証券報告書等)といった公表されている資料に基づくものに加えて、可能であれば、対象会社の役員や管理職からのヒアリングをまず行い、事業の全体像や重要なポイントといった内容を迅速に把握することが有意義です。

この点、実務上は、資料の検討が進んでからでないと有益なヒアリングができないという判断からなのか、あるいはヒアリング対象者にできるだけ時間をとらせないようにという配慮なのか(対象者が代表者の場合には顕著である)、ヒアリングの機会がDDの後半に設定されることが多いように見受けられます。しかし、入札形式の場合等、事前のヒアリングが不可能な場合はともかく、そうでない限りは、できるだけ早い段階でヒアリングを設けた方が、効率的な調査が可能となり、無駄な資料開示の要請やQ&Aを避けることができるという調査対象者側にとってもメリットがあります。よって、まず全体像把握や調査対象の特定のための概括的なヒアリングを早期に設け、資料検討がある程度完了してから詳細なヒアリングを行う、といったように柔軟にヒアリング調査を行うべきでしょう。

② 「作業2 調査対象の特定」について

作業2 調査対象の特定

内容:調査の対象とする会社、事業、製品・サービス等の範囲を絞り込みます。

方法:出資等の目的、作業1により把握した対象会社・対象事業の内容、取引のスケジュール、調査費用の予算等を総合考慮し、調査対象を限定します。

対象会社や対象事業のうちどの範囲を調査するかを特定する作業は、通常のDDにおいても変わるところはありません。前述のとおり、知財DDにおいては、事業や製品等ごとに、権利の内容や取引実情が全く異なる可能性があったり、あるいは知財が関係しているといってもほとんど調査の必要性が低いような場合もあるため、必ずしも網羅的な調査が有益というわけではありません。むしろ、網羅的な調査により、全体的に広く浅い調査となってしまい、必要な調査が十分にできなくなるおそれもあります。

例えば、対象会社が、複数の製品等を製造販売しているメーカーの場合、全ての製品について、特許権で保護されているか否かや、他社の特許権を侵害しないかどうかを調査することは現実的には不可能な場合が多いため、調査対象とする製品を限定せざるを得ません。この場合において、例えば、売上げ上位の製品を調査すれば十分なのか、それとも技術分野ごとに調査すべきなのかといった点は、対象事業や出資等の目的により様々であるため、個別に判断する必要が生じます。また、製品のみならず製造工程が重要といったように、製品等自体以外の部分も重要である場合には、例えば、製造工程に用いているシステムに関する知的財産等を見極めて、それ自体も調査対象とすべき場合もあるでしょう。

③ 「作業3 調査方針の立案」について

作業3 調査方針の立案

内容:作業2により選定した会社・事業に関して、さらに具体的に、①調査項目、②調査方法、③調査スケジュール等を決定します。

方法:別紙「調査項目一覧表」を参照して、会社、事業、製品等の調査対象毎に、①から③をどのようにするかを決定します。

別紙「調査項目一覧表」(以下「調査項目一覧表」)では、知財DDにおいて調査すべき項目とその調査目的を、調査項目ごとに、調査すべき資料の例を示しています。

作業3は、作業2により選定した調査対象たる会社・事業について、調査項目一覧表を参照して、①調査項目、②調査方法、③調査スケジュールを具体的に定める作業となります。調査項目一覧表の見方は以下のとおりです。

【「具体的調査項目」・「調査目的」】

「具体的調査項目」は具体的な調査項目であり、「調査目的」は各項目を調査する目的を簡単に説明しています。これらの各調査項目の位置づけや調査の趣旨をより分かりやすくするため、具体的な調査項目を調査項目(中)にまとめ、さらに調査項目(大)に分類しています。

このうち、調査項目(大)Iは、調査対象となる知財を絞り込むためのプロセスであり、作業1の段階において同様の作業をする場合もあります。そうでない場合は、作業3の段階においてまず調査すべき項目といえます。その他の項目は、調査の順序が特に定まっているわけではなく、重要性や資料の開示順序などに応じて、ケースバイケースで判断する必要があります。

【「調査の優先度が高い項目」】

調査項目一覧表は、調査項目を網羅する目的で作成しているが、必ずしも全ての調査項目について調査を実施しなくてはいけないということではありません。これらの全項目を調査することは、取引規模によっては不相応となり、またスタートアップ企業のような、調査への対応力が限定的な対象会社にとっては、過大な負担となるおそれがあります。といっても、出資等は目的やスキームが様々であり、事案により重点的に調査すべき項目も様々であるため、画一的な基準により調査項目の重要性の濃淡をつけることが困難です。

そこで、本手順書では、調査項目の選定のための一応の目安とするべく、調査項目一覧表の中に、「調査の優先度が高い項目」という欄を設けています。

「調査の優先度が高い項目」は、特に調査する必要がないことが明白な場合を除いて、いかなる取引においても調査するのが安全とも思われます。もっとも、知財DDの場合には、そのような項目であっても調査の難易度が高い項目があり得ます。例えば、対象会社の特許に無効原因が存在するかどうかは非常に重要な問題ではあるものの、無効原因の存否やその判断は非常に困難な場合も多くあり、調査にかかるコスト等を踏まえて、調査の実施の要否を慎重に検討する必要があります。

なお、項目によっては、資料の有無次第で調査の難易が大きく変わってくるものもあります。例えば、特許の有効性であっても、既に対象会社が外部の弁理士等の専門家から詳細な鑑定報告書などを取得している場合は、そういった資料を調査することで一定の調査ができるため、調査の難易度が大幅に下がります。これらを最低限の目安として、その他の項目のどこまで調査範囲を広げるかは、取引規模や取引内容によりケースバイケースで判断しましょう。

④ 「作業4 資料開示の要請」について

作業4 資料開示の要請

内容:作業3で定めた調査方針に従って、対象会社に対して、資料開示を求めます。

方法:別紙「調査項目一覧表」を参照して、開示を求める資料の一覧を対象会社に示して、資料の開示を要請します。

作業3で定めた調査の対象や方法に沿って、対象会社に対して資料の開示を求めるのが作業4です。資料開示の要請方法としては、要求する資料を一覧表にまとめて対象会社に対して提出するのが一般的です。開示を求める資料の例は、調査項目毎に調査項目一覧表に記載したとおりです。

ここで開示を求める資料は、作業3によってある程度調査対象が絞られたものではあるものの、調査対象項目だからといって、むやみに網羅的に資料の開示を求めることは、効率的な調査の支障となります。あまり多くの資料を求めると、対象会社側で対応できずに資料開示が遅れ、結果的に調査未了あるいは十分な調査ができないこととなってしまうおそれがあります。例えば、特許権の内容を調査する場合、登録原簿や包袋(特許出願以降の一切の出願書類)を調査することは一般的で、資料の獲得も比較的容易ではあります。しかし、対象会社が最新の登録原簿を必ずしも保有しているとは限らず、包袋は分量が膨大になる可能性もあるから、これらを開示することは対象会社に無用な負担を課すおそれもあります。特に誰でも取得できる資料は、そもそも開示を求めずに、出資者等が自ら取得することも検討すべきでしょう。

⑤ 「作業5 調査実施」について

作業5 調査実施

内容:作業4で収集した資料に基づき、対象会社・対象事業の内容を調査します。

方法:別紙「調査項目一覧表」を参照して、開示資料の調査、ヒアリング、Q&A、特許庁特許情報プラットフォーム等の外部データベースの調査します。

調査の方法としては、開示を受けた資料の検討、対象者からのヒアリング、Q&Aシートのやりとり、外部DB等の調査などがあり、これらを必要に応じて使い分けて調査を進めていきます。

知財DDにおいては、他のDDに比べてヒアリングの重要性が高い場合も多く、調査内容によってはヒアリングで確認しなければならないものもあります。特に、前述したように、事業上欠かすことのできない技術等の特定は、製品等の仕様書のような客観的な資料から直ちに明らかではない一方で、開発者からのヒアリングを行えば容易に明らかになる場合もあります。また、例えば、著作権の帰属については、産業財産権のように登録制度があるわけではないため、ヒアリングによって創作過程を確認する以外に確認の方法がありません。同様に、ノウハウや営業秘密といったものについては、そもそも紙の資料がない場合も多々あるため、ヒアリングにより確認すべき重要性が高いといえます。

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