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知的財産デュー・デリジェンス標準手順書及び解説

2. デュー・デリジェンス各論

(1)一般的な出資等のプロセス

(i)全体の流れ

① 秘密保持契約の締結から初期的資料開示まで

出資等を進めていく過程では、対象会社の営業秘密を含む多数の秘密情報が開示されるため、そのような情報の開示前に秘密保持契約(NDA)を締結します。締結方式としては、対象会社と出資者等が互いに秘密保持義務を負う双務契約の形式と、専ら情報開示を受ける出資者等のみが義務を負う差入形式があります。対象会社としては、自社の情報の開示については慎重になる必要がありますが、出資者等においては、過大な秘密保持義務を負ってしまうと、同じ事業分野の出資候補企業との取引に支障を来すこともあり得るため、秘密保持義務のレベル感は適切に設定される必要があります。

契約内容としては、秘密保持義務の対象となる資料(情報)の範囲、第三者に対する開示の禁止6、目的外使用の禁止、違反時の開示者側の権利(損害賠償請求権、差止請求権等)、秘密保持の期間、返還又は廃棄の義務などを定めることが一般的です。

NDA締結後には、初期的な資料開示が行われます。対象会社が過去に第三者から出資を受けたことがあるなど、過去にDDを受けた経験を有する場合であれば、当初から一通りの資料が開示されることもありますが、通常は、商業登記簿、定款、税務申告書等の基本的な資料のみ開示されるケースが一般的です。出資者等としては、初期に開示資料以外にも、ウェブサイト等の公開情報で入手可能な情報については、独自に入手しておき、調査項目の内容に当たりをつけておくとスムーズです。

② 初期的検討

(a)総論

前記の通り、DDに充てられる期間・費用は必ずしも多くはないことから、初期的検討においては、リスク評価及び価値評価の両面から出資等の重要な前提条件を可能な限り具体化し、これに沿ったDDの基本方針を定めておくことが重要です。

なお、秘密保持の観点から一定の制限を受けることはやむを得ないものの、初期的検討の段階において、可能な限り、社内外の事業部、研究開発部、知財部等の実務担当者の意見を聞くことで、リスク評価及び価値評価の両面において、実務的な視点から効率的に調査範囲を絞り込むための有益な示唆を得ることが有効です。

(b)出資等の目的

出資等の目的は、抽象的には、シェアやバリューチェーンの拡大、技術・ブランドの取り込み、人財の獲得、異業種への参入などが挙げられますが、DDを実施する上では、このような抽象的なレベルの検討では十分とはいえません。より具体的に、このようなメリット(対象会社の企業価値)が、どのような要素によって構成されているのかを検討する必要があります。例えば、既存の顧客や仕入外注先との契約関係、製品やサービスに利用されている特殊な技術やコンテンツ、ブランド、役職員が有する希有な知識経験などが考えられます。検討初期の段階では入手可能な情報が限定されるため限界はあるものの、この段階で可能な限り具体化を図ることが適切です。この手順を踏まず、曖昧な目的の下でDDを開始すると、DDにおいて重点的に調査すべき権利関係を絞り込むことが難しくなるおそれがあります。

(c)対価の算定ロジック

出資等を検討する時点では、当初から、その価額(Pricing)についてある程度の目安(又は予算)を持っているのが通常です。もっとも、将来的に出資等の価額の合理性についての説明責任を果たすことを念頭に置くと、DDを実施する上でも、最終的に見込価額を正当化するロジックをあらかじめ確認しておく必要があります。

初期の検討段階では簡易的な価値算定すら行わないケースもありますが、少なくとも(安全方向に寄せた)純資産価値と(リスクを一定程度織り込んだ)将来収益のいずれをベースとするのか、何について、どの程度の定量的なインパクトがあれば取引実施の判断に影響を及ぼすのか確認しておくことが適切です7。一方、スタートアップ企業との中期的な関係構築のためのマイノリティ出資であれば、厳密な試算は(試算コストに照らして)必要性が低いこともあります。

(d)取引手法

多くのケースでは、対象会社やその売主等から取引手法(第三者割当増資、株式譲渡、事業譲渡等)が提案されます。効率的なDDを行うためには、指定された手法によって対象会社を取り巻く権利関係にどのような影響が及ぶのか予め理解しておくことが重要です。

出資等の取引手法は多様であるため詳細は割愛しますが、少なくとも以下のような点には注意する必要があります。この点の理解が不十分であると、(知財)DDにおいて着目すべき契約条項(後述する株主構成の変動を契約の解除事由とする支配権移転条項など)や特定すべき情報(承継資産の個別リストなど)が定まらないためです。

  • (a) 対象会社の株主構成に変動が生じたり法人格が消滅する方法か
  • (b) 契約相手方や債権者などの利害関係者の個別の同意を要する方法か8
  • (c) 譲渡等の対象となる権利義務(ヒト・モノ・カネ・契約など)を逐一特定する必要がある方法か
③ DDの実施

後記(iii)「一般的なDDの手順」で改めて説明します。

④ 最終契約締結から統合作業まで

(a)最終契約の交渉

DD終了後には、その検討結果を踏まえて、最終契約の交渉が行われます。案件によっては、DDと並行して交渉を行うこともありますが、DDを通じて発見した事実の反映に漏れがないよう注意する必要があります。特に、DDを通じて出資者等があるリスク(瑕疵)を発見したにもかかわらず、特に最終契約で触れなかったとすれば、仮にリスクが顕在化して出資者等に存在が発生したとしても、契約締結時にリスクを甘受するという判断をしたと評価される可能性があります。

これを避けるため、契約交渉の担当者とDDの担当者(又は外部の専門家)が分業しているようなケースでは、DDの途中に中間報告会を設けることで、重要な発見事項を早めに共有したり、DDの結果を踏まえて修正する可能性があることを留保しつつ交渉するなどの工夫が必要となります。

(b)取引の実行(クロージング)

最終契約を締結した後の一定の時期に、最終契約に従って取引を実行(Closing)します。最終契約の締結日と同時に実行する場合もありますが、実行前提条件の成就(リスク治癒の手当ての完了など)や、対象会社内の周知等に一定の時間を要することがあるため、締結日から一定期間が経過した後に取引を実行する仕組みとすることも一般的です。

(c)統合作業(PMI)

吸収合併や株式譲渡に伴い完全子会社化を実行したような場合には、対象会社と出資者等で統合作業(PMI)を行います。DDにおいて、取引実行の是非には影響を及ぼさないものの、実行後のシナジーを最大化するため、又は実行後に価値が減少することを防止するために改善を要する事項が発見されたときは、実行後の経営課題として整理しておき、PMIの中で解消していくことも一案です。


6 特に、当事者の事業が隣接する場合は、情報漏洩や目的外使用や独占禁止法違反のリスクが高いため、開示情報を閲覧できる者から、営業職や研究開発職を除外し、役職員や外部専門家に限定するなど、厳格な内容となることもあります。出資者等としては、事後にNDA違反を主張されないよう、パスワード設定、物理的な分別管理、閲覧者の限定や閲覧者からの誓約書取得などの手当を講じておくとよいでしょう。

7 なお、アドバイザーや社内部署が簡易的な価値算定を行う場合は、より踏み込んで、その算定方法(DCF法などのインカムアプローチ、類似会社比較法などのマーケットアプローチ、純資産価額法などのネットアセットアプローチ)の概要、価値算定の重要な前提条件、DDの結果が価値評価に及ぼす影響(事業計画の修正、割引率の調整、潜在債務相当額の控除など)について算定人と協議し、DDの担当者も予め概要を理解しておくことが有益である。

8 事業譲渡などでは、赤字事業だけを残して黒字事業だけが譲渡され、残された対象会社の債権者が債権回収できなくなるような事態を避けるため、事業譲渡の手続に債権者が関与できる手続が用意されています。

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